紗季のほのぼの事務所ライフ ~キャラ創りコラム:状況描写、文章表現とキャラクターの書き分け方法~

BY IN 小説, 週代わり企画 0

 

茜色の空が広がり、日中の肌を刺すような暑さはいくらか弱まって、商店街の建物の間には僅かに風も吹き抜けている。
いつもより少し早めに仕事を切り上げて、鑑と紗季は二人で探偵事務所の入っている雑居ビルの裏路地を歩いて行く。

「うーん……実に疲れる人だった! 仕事が増えるのは有り難いが、今後もあんな依頼ばっかりだと参ってしまうなぁ」

「確かに、探偵さんが好まなそうな地味な依頼ですけど、そういうことの積み重ねが大事だと思いますよ?」

「分かってはいるつもりなんだが、何というか、こう、やはり僕のイメージと合わないというか……」

「ふふふ……探偵さんの理想のイメージばっかりの依頼だったら、きっと大変な事になってますよ?」

今日受けた依頼のことを話しながら、建物の間を右へ左へ進んで行く。
少し開けた通りに出た二人は、赤いレンガ造りの二階建ての建物のところで歩みを止め、二人並んでその建物を見上げる。
一階と二階に数カ所ある窓には小さなベランダがついていて、プランターに植えられた様々な草花が顔を覗かせている。
余計な枝葉が無く、枯れているものも無い事から、世話が良く行き届いてるのが分かる。
入口の脇には建物の雰囲気に合わせるように、木製のベンチやゆりかごブランコが置いてある。
屋根のてっぺんでは風見鶏が夕暮れの風を受けて、のんびりした速さでくるくる回っていた。

「いつ見てもお洒落なお店ですよね。ここの商店街ってウチの事務所があるビルみたいな建物が多いから、
こういう雰囲気のお店ってかなり貴重だと思いませんか?」

「うん。僕的にはちょっとミステリアスな雰囲気がするのが何ともたまらんね」

二人の目の前にあるこの建物は、彼らの探偵事務所から5分ほどのところにあるアンティーク雑貨を扱うお店、『光風堂』だ。
去年の秋、商店街でハロウィン・パーティーのイベントが催された時に鑑達は臨時スタッフとしてこのお店の手伝いをした。その時の作業やイベント当日のあれこれを通してお店の人達とも親しくなり、今日のようにたまに二人で尋ねることも増えた。

二人が少しの間、お店の建物をぼーっと見上げていると、入口の木目調の扉がゆっくりと開き、中から荷物を抱えた女性が現れた。

「いらっしゃいませー……あらあら、可愛い常連さんのご来店ね~」

「あっ、佳織さん、こんばんはー」

「こんばんは、ご無沙汰してます」

二人一緒にぺこりと一礼、挨拶をする。この女性は『光風堂』の店主、仲村隆一の妻の佳織だ。
仲村夫妻とは去年の秋のイベントだけでなく、冬に鑑達がある依頼者からのお礼で招待された別荘や、春のお花見の場面でも一緒になっていて、すっかり顔なじみになっている。

「佳織さん、この前来た時にわたしが気になってたチョーカー、まだ残ってます?」

「大丈夫よ~。アレとセットのデザインになったリボンもあるんだけど、ちょっと見てみる?
紗季ちゃんなら綺麗なロングヘアだからきっと似合うんじゃないかと思って」

「ホントですか! スゴく見たいです! 是非っ!」

「僕はその間に事務所のインテリアに良さそうな物を探してみようかな。オシャレな雰囲気は探偵のステータスにも関わるしね」

「それじゃあ二人とも中へどうぞ。主人も鑑さんと久しぶりにお話したがっていましたし、良ければ買い物の後にお茶でも召し上がっていって下さいな」

佳織が二人を店内に招き入れる。

「それでは、お言葉に甘えて――」

 

***********************

お店での買い物をひと通り済ませた後、鑑達は仲村夫妻の計らいでお店の二階でお茶を頂く事になった。
仲村夫妻の居住スペースにもなっている二階のリビングには茉莉花茶の優しい香りが漂っている。

「事務所以外で飲む紅茶もいつもと違った感覚があって良いもんだねぇ」

「ですねぇ。お店の雰囲気も相まって、すごく落ち着きます」

「満足してもらえてるみたいで良かったよ。僕達夫婦もいつもは二人だけでお茶することがほとんどだから、賑やかなのは新鮮味があって嬉しいよ」

時間がゆっくりと流れていくような空気の中で隆一が二人に微笑みかける。
鑑と隆一の仕事の話で花が咲いたり、紗季が佳織に勧められるまま色々なヘアスタイルやアクセサリーを試してみたり、四人の時間は楽しく過ぎて行く。

「さてさて、せっかくいつもより人も多いことだし、ここら辺でいつものヤツを始めさせてもらおうかな?」

鑑が得意気に笑みを浮かべて口火を切る。

「ん? 何なんだい? “いつものヤツ”って?」

興味をそそられた様子の隆一の問いに、鑑に代わって紗季が答える。

「探偵さんの『物語のキャラクターや背景創り』なんかのお話です。キャラクター創りを学ぶ事を通してプロファイル技術を上げるとか……確かそういう目的の話でしたよね?」

「まぁ、探偵さんってそんな事もできるのね~。すごいわ~」

胸の前で手を合わせ、ふわふわした声でそんな事を言いながら佳織は感心しているようだ。
鑑もまんざらでもない表情で不敵な笑みを浮かべている。

「うーん……探偵さんのこと買い被り過ぎなんじゃないかなぁ? まぁ、良いや。それで探偵さん、今日のテーマは何なんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! 最近、僕の扱いがちょっと雑な気がしてたから、正直ちょっと安心したよ。それで、今日のテーマなんだけど、『キャラの書き分けと表現手法』について少しお話ししていこうと思う」

「文章表現か。何だか学生の頃の国語の授業を思いだすね。僕は文系科目はあんまり得意じゃなかったから結構苦労したっけ」

隆一が学生の頃を思い出して苦笑いを浮かべる。

「今回話すのは、キャラクターの個性を出すための文章表現もそうなんだけど、それを利用してのキャラの書き分けについても触れようと思う」

「今日のわたし達みたいにいつもより多めの人が出てくると、確かに書き分けは大変になってきますよね」

佳織に髪を結ってもらいながら、紗季が答える。

「そう。そこで、色々な手法を利用して差別化を測っていくわけだね。言葉選びや比喩表現なんかはシチュエーションが同じであっても使い方によって見る人に様々な印象を与える事ができる。人や物の容姿を描写する時なんかがそうかな。例えば――」

そう言いながら、鑑が佳織を指さす。

「佳織さんの髪は明るめの茶色でウェーブがかかったロングヘアなわけだけど、これも書き方によって印象が結構変わったりする。
『茶髪のロングヘア』と書くか『淡い栗色のロングヘア』と書くかだけでもイメージは変わるし、『緩やかなウェーブの』と書くか『ふんわりとした柔らかい』と書くかでも読み手に与えるイメージは変わってくるね」

「ふむふむ。前者だと淡白な感じで、後者だとちょっと感情豊かな感じがしますね」

読み手の想像力を如何に刺激するかが肝って感じかな。ひとつの物に対して色々な言葉や事物を連想してみるのが良いトレーニングになると思うよ。あと、風景や音の描写が良く書かれている作品を読んでみるのがオススメだね」

「なるほど。実際にどういう表現があるのか幅を広げるのは大切ですもんね」

「その通り。さて、次に行こうか。本日もう一つのテーマは――」

今度は隆一の方を指さす。

「んっ?……僕かい?」

隆一が不思議そうな顔で自分の顔を指さす。

「隆一さんと、そして僕自身だね。二つ目のテーマはキャラの書き分けだ。
作品を書き続けていると色々な登場人物が出てくるわけで、時にはちょっと似たようなキャラクターが登場してしまう場合もある。
今回の場合だと、僕と隆一さんがこのパターンに当てはまる。絵や写真、映像なら見た目や声などで判断が付くけど、文章ではそうはいかない。隆一さんと僕は年齢も近いし、背格好も似ている。あと、話す時の一人称も『僕』だったりで、時折混同してしまいそうになる事があると思う」

「あ~、確かにそうかもしれないわね~? ウチの主人と鑑さんって雰囲気もちょっと似てる感じがするわ」

「わたし達はお二人の顔や声を実際に見たり聞いたりすることが出来てますけど、わたし達の会話を文字に起こしたら、探偵さんと隆一さんのどっちが話してるか分からない部分が出てきそうですね……」

佳織が二人を交互に見ながら言う。

「だから文章にする際の書き分けが重要になってくるわけさ。口調を変えたりするだけでは限界が出てくるからね。セリフの中だと、その人の趣向や職業を彷彿とさせるものを入れてみるとか決め台詞みたいなものを入れてみる方法もある

「以前の回で話してた『遊びのセリフ』ですね」

「まさにそれだね。あと、会話以外の部分でもキャラに彩りを与える事はできる。
先の佳織さんの例もそうだけど、見た目に関する表現なんかがそうだね。僕と隆一さんでも服装や顔のつくりなんかは結構違うからね。見た目以外だと、所作でも書き分けができる。『口元に手を当てる』とか『腕を胸の前で組む』とかキャラクターに癖を持たせてみたり、あるいは『この人物ならこういう時はこうするだろう』とか性格や行動パターンを構築するのも書き分けをする上で重要になってくるね」

「だからこそ、書き始める前の設定は良く練らなきゃいけないんですね。大変だけど、キッチリ決めれば余計なトラブルが避けられそう」

「入念な下調べや資料集めが重要だったりするわけだよ。そう、僕の探偵業のようにね!」

「入念な下調べや資料集め…………探偵さんがそういうセリフ言うのは何か違和感を感じるんですが……?」

自信満々な顔で言い放った鑑に紗季が呆れ顔で呟く。

「あぁ、それは何となく分かるかもしれないな。鑑さんが資料集めしてる光景はちょっと想像しにくいね」

「私もそう思うわ。何かあちこち走り回ったり、変なポーズ決めてそうね~」

「えっ!? 僕ってそんなイメージだったのか!? これは由々しき事態だ……早く何とかしなくては」

鑑が頭を抱え込んでブツブツ何かを呟いている。

「あらら、探偵さん、自分の世界に入っちゃった……」

「面白い人よね~、鑑さんって。はい、完成~! 紗季ちゃん、この髪型はどう?」

佳織が紗季を部屋の隅にある姿見の前に連れて行く。

「おぉ……何か自分じゃないみたい。でも、ちょっと子供っぽく見えませんか、コレ?」

鏡の前で右を向いたり、左を向いたりしながらサイドテールになった自分の髪型を何度も見る。

「そんなことないわ。とっても似合ってて可愛いわよ~」

「うーん……佳織さんがそう言うなら、しばらくこの髪型で居ようかな? せっかく可愛いリボンも頂いたんだし。
さてと、探偵さん、そろそろお暇させて頂きましょう」

「現代社会を生きる探偵として、やはり、メディアを生かした形で僕のスキルを――」

「もー! そろそろ行かないとダメですよ! わたしも帰ってからやる事があるんですから!
それでは、お邪魔しました。また近々お尋ねしますねー」

「は~い、またね~。いつでも遊びに来てちょうだい」

自分の世界に入ったまま帰って来ない鑑を引きずるように紗季は光風堂を後にする。
外はすっかり暗くなり、雲ひとつ無い夜空には満天の星空が広がり、二人の帰路を柔らかく照らしていた。

 

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