紗季のほのぼの事務所ライフ ~キャラ創りコラム:デフォルメキャラ! あり得る? あり得ない?~

BY IN 小説, 週代わり企画 0

 

春の訪れまではまだまだ日が遠く、街中を通り抜ける風が道を急ぐ人々に鋭く吹きつけている。
新たな年が明けてからしばらく経ち、世の中は普段と同じリズムを再び刻み始める。
人々が皆、忙しなく動き始めるのは屋内の場面でも変わらず、相沢慧悟が配属されている署内も無論、例外ではなかった。

「ようやく一休み、か……」

署内の片隅に設けられた小さな喫煙スペース内のベンチに座り、コートの内ポケットから残り少なくなったタバコを取り出すと、手触りを確かめるようにしてから軽く咥えて火を点ける。

「ふぅー……」

他に誰も居ない喫煙スペースのガラス越しに右へ左へ行き来する職員達の様子をぼんやりと眺めていると、
軽いノックの後に入口のドアが開いた。

「お疲れ様でーす……あれ、相沢先輩も休憩ですか?」

「ちょうど一山片付いたところだ」

冷たくなった手を擦りながら部屋に入ってきたのは相沢と同じ署に勤務する鳥野康平巡査だった。
年は相沢よりもひと回りほど下で「駆け出しの若き警察官」といった雰囲気が漂っている。
現在は所属している部署が違うので相沢の直属の部下ではないが、鳥野がこの署に初めて配属される事となった時、彼の指導係だったのが相沢だった。
相沢からすると目が離せない弟分のような男で、互いの部署が別々になった今でも相沢が彼に抱くイメージは変わっていない。

「相沢先輩はエスプレッソですよね? はい、どうぞ」

鳥野が自販機で二人分の缶コーヒーを買って、相沢に一つを手渡す。

「おぅ、悪いな」

喫煙所で何度もあったやり取りを以前と変わらぬ調子でなぞるように済ませると、鳥野は相沢の向かいのベンチに腰を下ろした。

「はぁ……何か面白い事件とかないですかねぇ? こう、ドラマとかでよくあるような手に汗握る感じの」

「おいおい、お前なぁ……事件なんて無い方が良いに決まってるだろ? それが変わった事件ならなおさらだ」

「でも、そんなんじゃつまんないっすよ。毎日ちょっとした事件や事故、交通違反なんかの処理ばっかり……」

「気持ちは分からんでもないが、普段のそういうのが一番大事だったりするんだよ。しかしまぁ、それだとお前も面白くないだろうから、今日は面白い事件や犯人の事について少し話をしてやるよ。色んな事例についての考察自体は悪い事じゃないしな」

備え付けの灰皿で短くなってきたタバコの灰を落とすと、缶コーヒーの口を開ける小気味良い音が二つ、喫煙所の中に響いた。

 

***********************

「さて、と……お前の聞きたいような“面白い事件”ってヤツだが、麻薬取引の現場を押さえるとか、人質立てこもり事件を解決とか多分そんなところだろ、違うか?」

「そうそう、そんなヤツです! 一度はそんな現場で活躍してみんなに良い所見せてやりたいなぁ」

鳥野が夢を追う少年のような目で相沢の予想通りの回答をする。

「そこそこ長い事この仕事をやってるとそういうのもあるといえばある。でもな、鳥野、“面白い事件”ってのは何もそんなのばかりじゃなかったりするぞ」

「え~と、いまいち先輩のおっしゃる事が理解しかねるんですけど……」

鳥野が今度は神妙な顔つきになる。表情の変化が分かりやすいのは果たしてこの職業において良い事なのか悪いことなのか、どちらとも判断がつかなかったので相沢は言及せずに話を進めることにした。

「分かりやすく言うと『世の中には俺たちが想像もつかないような事件や犯人が存在する』って意味さ」

「なるほど……もちろん、先輩が関わった事件の中にもそういうヤツがあったって事ですよね?」

「あぁ、何度か出くわした。例えば『あまりにも意外すぎる凶器で犯行に及んだ強盗犯』なんてのが居たな。
事件自体はどこでも起こりえるようなコンビニ強盗だったんだが、アレは正直驚いた。
俺が同僚と駆けつけた時に、そいつ、何持ってたと思う?」

「う~ん……木刀とか傘……まさか、オモチャの銃とか?」

「それだったとしても十分驚きだが、そんなもんじゃなかったよ。そいつな、『植木鉢』持ってたんだよ、『植木鉢』。中の植物もバッチリ植わっているヤツな」

「ハハハッ! 何すか、それ! もうちょっとマシなもん無かったんですかね?」

鳥野が腹を抱えて笑い出した。

「俺も全くもってそう思うが、当の本人は大真面目なんだよなぁ。植木鉢を掲げて『レジの金を出せっ!』って店員にマジでやったらしい」

コントとかマンガの世界ですよね、そこまで行くと」

「でも、どういうわけか現実に居てしまったりするんだよ、そういうヤツが。俺自身、話だけ聞かされれば冗談だと思うしな。冗談みたいにデフォルメされてたりするようなヤツでも、実際にあり得ない存在じゃないって事を変に思い知らされたよ」

「ふんふん……確かにそういうものなのかもしれないですね。芸能人とかスポーツ選手でもトンデモキャラな人とか居ますしね」

「あぁ。『100%あり得ない事』はいくら何でも無いわけだが、『1%でもあり得る事』ならあり得るって事だろうな、人でも物でも出来事でも。
俺の知り合いに私立探偵をやってるヤツが居るんだが、そいつも冗談みたいな事件に出くわしたり、わざとらしい事をマジメに発言したりするしな」

「探偵と言えば、推理小説のトリックでもスゴイのありますよね。現実にはありえないようなトリックを使って人殺しちゃってたり」

「理論立てて証明できることなら『あり得ない事ではない』って事なんだろうな。
おそらく、書き手も登場人物などがデフォルメされすぎてるかどうかをあまり気にする必要は無いんだろうよ。まぁ、俺は物書きじゃないし、なろうとも思わんから細かい事は知らんが。とりあえず、色々な可能性や事例を意識的に分析しようとする気持ちを持っておけ、ってことが言いたかったんだ」

「様々な可能性や事例の分析をする姿勢を持つ……相沢先輩らしい考え方ですね。心に刻んでおきます。久々のご指導、ありがとうございました!」

鳥野はそう言って元気よく一礼すると、足取り軽く喫煙所を出て行った。

「さて、俺も後半戦に行くとするか……」

飲み終えたコーヒーの缶をゴミ箱に放り込み、静かに立ち上がってから軽く首を鳴らすと相沢も喫煙所を後にする。
再び誰も居なくなった喫煙所にはタバコとコーヒーのわずかな香りだけが残っていた。

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