彼女に振られた。仕事で失敗した。
そんないろんな悲しいことを思い返してたら寝坊して、気まずくてそのまま会社もサボった。行けなかった。
太陽がてっぺんを回る頃、うるさいほど鳴っていた電話がようやく落ち着いて、僕の部屋には自分の呼吸音だけになった。
なぜ僕がこんな悲しい思いをしなければならないんだろう。
なぜ生きるってこんなに面倒なことだらけなんだろう。
目は覚めてしまったけど、布団の中でじっとして、天井をずっと見て考えていた。そのうち足の先から指先の感覚がじわじわと消えていって、自分が肉体から魂だけが離れたような感じがした。
そんなことあるわけない――
そう思い直して、とりあえず枕元の時計で時間を確認しようと目線を横に動かした。
――枕のそばには、自分と同じ背格好の男が立っていた。
突然のことに体が一気に冷え、肺が大きく膨らみ、胸がぎゅっと痛んだ……ような気がした。気持ちはそういう風に動いたのに、体のほうがまったく動いていない。そもそも自分の体の感覚が、全く無くなっているのに気づいた。この枕の元の男が死神で、僕はすでに死んだあとなのだろうか。早鐘を打つ鼓動のイメージを感じながら、それでもどこかこの状況に納得する自分が居た。
「へぇ、お前は俺が視えてるみたいだな。まぁ声も出ないし体も動いてないところを見るとまだ半分ってとこか」
男は少し考えて部屋を見渡すと、何かに納得したようにふむ、と呟いた。
「大方ちゃちな自殺願望を抱いたってことだな。厭世観というか。まるで自分にだけ悲しいことが降りかかる、自分はツイてないってな」
「あのさぁ、俺もそう思ってたけどさ、楽な生き方なんてないし、みんなどっか苦労してんだよ。そう思うと何か色々頑張ろうって気になってこないか?」
彼はそう言ってこちらを向いてニコッと笑った。そんなの、どこにだってある話だろ― そんな反骨な気持ちを読んだのか、彼は続けてこう言った。
「まぁなんねぇよなぁ。言って分かったら苦労しないな。じゃあ俺の今の状況を話そう。俺もお前みたいにそうやって布団の中にくるまってたんだが、そうやってたらいつの間にか体が消えてこうなってた。その後はなんて言うのかな、現象としてこの部屋に居るっていうか……特に意志があるわけでもなく、そこに居るわけでもなく」
「俺が今こうして話してられるのは同じ思考を持ったお前が居たからであって、そうじゃなきゃ奥歯に挟まったカスみたいな感じで、ずっとこの世界に誰にも気づかれない残滓として存在だったんだ。そもそも存在してるっていうのかな。度が強い合わないレンズで、頭は深酒したときよりもっと酷く濁ってて、体の感覚もはっきりしない。そう、お前と今話していて分かったがきっとこれが”思考を無くした者”の末路、罰なんだ」
それは――いわゆる地獄というやつなのではないだろうか。
「だから、お前はそうなるなよ。まだ戻れる。考えられるってことは幸せなんだ。いいじゃないか未来があるって。怒られたって、振られたって、それは何かを成した結果なんだから。考えてみろよ。何も成せず、思考できないっていうのを無限に過ごすっていうことを」
開いていた目に見慣れた天井が映る。いつの間にか白い壁には赤い陽が混じっていた。足先から徐々に神経を通わせるように動かしていく。あぁ、体が動く。布団から出て水を一杯飲んだ。体内に染み渡っていくような感じがした。
部屋を見回す。男の姿は見えないが、きっとどこかに居るであろう彼に、僕はありがとうと呟いた。
限られた時間をどう使うのか。何もできない無限の苦しみを教えてくれた彼の分まで、僕は頑張ろうと思う。
******************************************************
というわけで久しぶりに毛糸さんの『今喰い』シリーズの設定でのスピンオフ。
時間は有限なんだぞ、と色々思うことがあったのでこんな話に。
おお、なんかこういう人生の重みを感じる話って凄く好きすぎて大好きなんですけどマジで
いいなぁこういうの書ける人羨ましい
まあ設定が素晴らしいのもありますがね(ゲス顔)
あとやっぱ先人の未練ってやっぱ胸に来る熱さありますね
パクります
ちょっと幽霊本人が自分の置かれた状況分かりすぎてて違和感あるかな?
僕視点じゃない地の文を用意して、詩的な例えとかをそっちに語らせるのもいいかも知れないと思いました