第04話 『人の寄る辺、その寄る辺』
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深い森。
あの赤黒く蠢く空は絡み合う木々によって遮られ、今は見えない。
ただ、暗い。
ラザ「モノ、ちょっと疲れたよ。少し休まない?」
モノ「あとちょっとで着くから」
さっきからずっとこの調子だ。
モノはいつもこれから行く場所について教えてくれなかった。でも目的地にはいつも誰かがいて、きっとそこには明確な目的があった。それが何なのか僕には分からないけど、僕はモノについて行った。
それにモノの道案内は完璧だった。目的地までの距離や時間、道順まで。
ラザ「さっきもあとちょっとって言ってたけど、あんまり進んでないの?」
モノ「…………多分あとちょっとだと思う」
ラザ「……ひょっとして迷ってる?」
モノ「ま、迷ったわけじゃない! まっすぐ歩けば着く……ハズ」
ラザ「モノ、ちょっと待って」
今回はどうも完璧ではないみたいだ。
僕は意固地になっているモノを一旦落ち着かせて、あたりを見回した。
ラザ「あそこの倒れた木に座ってちょっと休もう。ね、モノ」
モノ「……うん」
モノ「ごめんね、ラザ。道案内だけは自信あったんだけど……」
ラザ「ううん。いつも凄く頼りにしてる。今日はどうしたの?」
モノ「……言わなくちゃダメ…?」
ラザ「僕もモノを助けたい。でもどうして迷ったのか分からないと僕には何も出来ない」
僕がそう言うとモノは無言で顔を伏せてしまった。
でも少しすると、そのままの状態で答えてくれた。
モノ「……空が見えないと現在地も地図も分からない」
ラザ「え、どうして?」
モノ「…………」
僕が疑問をそのまま口にすると、モノはまた黙り込んでしまった。
ラザ「言いたくなければ言わなくてもいいんだ。僕は何がモノの言いたくないことなのか分からないから、そこだけは教えて欲しい」
モノ「……わかった。ありがとう……」
モノはやっと顔を上げてそう答えてくれた。
僕はモノに感謝の気持ちを伝えたいと思っている。
でもそれを上手く伝えることはできないし、言うべきでもない気がする。
こうやって少しでもモノのために何かができれば、僕自身も救われるのだった。
ラザ「うん。あ、あの飛んでいくのは使えないの?」
モノ「あれも空が見えないと無理。あと案内も飛ぶのも夜しかできない」
ラザ「夜? いつが夜か分かるの?」
空がその役割を放棄した今の地球には、昼夜の区別は無い。
天文学的には昼夜は存在していると思うけど。
モノ「分かる。ちなみにそろそろ朝になる」
ラザ「そうなんだ。じゃあ今闇雲に動いてもしょうがないね」
モノ「うん……。ごめんね、ラザ」
僕らは寄り添って眠った。
この身体になってから初めて明日のことを不安に思いながら一夜、いや一昼を過ごすことになったけど、僕はモノのことを少しだけ知ることができて嬉しかった。
???「ちょっと、そこで何をしているのかしら?」
ラザ「……ぅん?」
モノ「むにゅ……」
誰かの声で僕は目覚めた。
相変わらず目の前に広がるのは暗く生い茂った森。
僕は自分達の置かれている立場を思い出すよりも先に、暗闇に慣れた目でその少女を認識した。
少女は黒い修道服に身を包み、柔らかくウェーブした黒髪を肩の下まで伸ばしている。
暗い森の闇に溶け込む黒い少女。
こうやってはっきり認識した後でも、今にも暗闇へ消えていってしまいそうな不安を感じさせた。
表情は冷たく、じっと僕を見つめている。
ラザ「あ、僕らはちょっと迷ってて……」
モノ「…………すー……」
ラザ「モノ、起きてよ」
???「迷ってるのは分かってるわ。どうしてこの森に入ってきたのかって聞いているの」
ラザ「モノ! 起きてよ!」
モノ「にゅぅ……めそぽたみあ……」
ダメだ。ここに来た理由はモノしか知らないのに。
ラザ「あの、多分誰かに会いに来たんだと思うんだけど……」
???「……そう、私はできればあなたたちに帰って欲しいと思っているわ。私のこの気持ちを踏みにじるだけの理由をあなたたちは持っているのかしら?」
ラザ「…………」
ここに来た理由はモノが僕のためを思ってのこと。
僕はそれを否定することはしない。
???「そう……。じゃあ私たちの家に案内するわ。ここで野垂れ死なれても妹が悲しむので」
ラザ「え、あ、ありがとう。……君の名前は?」
???「私は『残酷な自己への恐怖』 “悪魔 ” エルよ」
僕とモノはエルの案内で暗い森を抜けた。
久しぶりに見た空は今までよりいっそう禍々しく蠢き、目の前にはその空を切り裂くように一つの大きな教会がそびえ立っていた。
白い、白い城。
白に塗り固められたそれは、暗いこの世界から乖離することなくそこに在った。
エル「ここが私と妹……シアの家よ」
モノ「ラザ、私達はなんでエルと一緒にいるんだ」
ラザ「あ、モノ、おはよう」
歩きながらもぐっすりと眠っていたモノだったが、やっと意識が戻ったようだ。
モノ「おはよう。エル、案内してくれたのか?」
エル「そうよ。モノさん。あなたは私のことを知っているのかしら? シアのことは?」
エルには案内してもらっている間に僕らのことを紹介しておいた。
あまり興味はないようだったけど。
モノ「知ってる。二人に会いに来たんだ」
エル「そう……。あなたが元凶ね。私はあなたに消えて欲しいと思っているわ」
モノ「シアはどこに?」
エル「中にいるわ」
モノはエルの冷たい言葉を意にも介していないみたいだ。
僕はエルの攻撃的な物言いの理由が分からず、上手く会話ができないでいた。
エル「じゃあ案内するけど、あまりシアを刺激しないでちょうだいね。あの子は私と違って優しい子だけど……ここにいるのが一番なの」
ギィ…
およそ人間のために作られたとは思えないほど大きな扉を開けると、高い高い天井と大きな壁画にステンドグラス、見たことも無いくらい大きな教会の内部が目の前に広がった。
赤いカーペットが続く先、教職者が立つべき場所にその少女、シアはいた。
エルとは対照的に白い修道服に身を包み、長くウェーブした髪もエルとは間逆の純白だった。しかし色以外はエルに瓜二つで、顔も僕には違いが分からないほど似ている。
でもきっと二人が色を入れ替えてもどちらがどちらかは一目瞭然だと思う。シアはエルを見るなり満面の笑みを浮かべて優しそうな声で話しかけてきたから。
シア「エル、どこへ行っていたの? ……まあ! その方たちはどなたかしら!」
エル「私達に会いにきたそうよ、シア」
モノ「私はモノ、こっちはラザだ」
ラザ「はじめまして」
シア「ええ、はじめまして。私は『残酷な他者への恐怖』 “救世主” シア。お客様なんて久しぶりだわ! エル、お茶の用意をしてくれない?」
エル「分かってるわ」
僕らは別室へ通され、高級そうなお茶やお菓子を振舞われた。
シアはエルとは違ってとても人懐っこく、色々なことを聞いてきた。
ラザ「それで迷っていたところを、エルに助けてもらったんだ」
シア「それは良かったですわ。この森で死なれたりしたら悲しまなければならないですもの」
ラザ「…? あ、シアもこの森には詳しいの?」
シア「いいえ、私は森には入れないの。病気なのよ」
モノ「…………」
エル「シアは森に入ると死んでしまうのよ。だからここから出ることができないの」
ラザ「え……それは酷い病気、だね……」
病気……そんな病原菌は存在していなかったはずだ。
地球がこうなって以降に現れたものならば分からないが、そもそも人間ではない者達が病気になるのだろうか。
シア「ええ……。私は早く全ての人間を救わなくてはならないのに……。もうずっと人間を救っていないの」
ラザ「え? どういうこと?」
モノ「シアは『最後の審判』を行った本人だ。内陸へ逃げた人間のうち西洋人のほとんどが彼女によって殺された」
モノは淡々と説明した。
『最後の審判』、空が今のようになった原因。
そして沢山の人間が死んだ。
シア「殺されたなんて人聞きが悪いわ。私は人間を『救って』あげたのよ。そう彼らが望んだんですもの」
エル「そう、シアは悪くない」
シア「もちろん悪いことなんてあるはずがないわ。だから早く他の人間も救ってあげないと……。ああ! いつになったら病気が治るのかしら!!」
シアの表情はだんだん険しくなり、声を荒げた。
紅茶を持つ手も小刻みに震えている。
エル「シア! 大丈夫よ。もうすぐ治るわ」
シア「そうよね……きっとすぐに治ってまた人間を救うことができるわよね……。それまでの我慢……」
エルは様子がおかしくなったシアへ駆け寄るとその身体を抱きしめた。
シアもエルを抱き返し、次第に落ち着いていったようだった。
僕らはその様子を呆然と見つめるしかなかった。
シア「ねえ、ラザ、森の外に人間は沢山いるのかしら?」
ラザ「え、ああ、あんまり見なかったけど少しはいるみたいだったよ」
モノ「西洋を出ればもう少し沢山いる。大きな集落は世界中でも数えるくらいしかないけど」
シア「そう……。まだ救えるのね。良かったわ……」
エル「ちょっと疲れたね、シア。今日はもう休もう?」
エルは驚くほど優しい声でそう言った。
シアの変化と同じように、それは僕にとっては意外なことだった。
モノ「その『病気』はいつ、どうやったら治るんだ」
モノがそう言った。
エルに対して。
シア「時間が経てば治るわ。治ったらエルが教えてくれるの」
エル「そうよ。時が経てば治る。そうしたら二人で世界中を回りましょうね、シア」
シア「ええ。人間を救うためにね」
エル「…………」
エルは最後にもう一度モノに視線を向けると、シアを連れて部屋から出て行った。
ラザ「その病気って……」
モノ「嘘だ。そんな病気があるわけない」
ラザ「…………」
沈黙が訪れた。
僕は何も言うことができなかった。
エルがシアを騙している。
でもエルはきっとシアのことを一番に思っているんだ。
モノが僕に対してそうであるように。
ガチャ…
エルとシアが入っていった扉が再び開かれ、エルが姿を現した。
エル「あまり刺激しないで欲しいと思っていたけれど、やっぱり無理な話だったわね。しかたないわ」
ラザ「あの……すみません、事情もよく分からなかったから。きっと避けたほうがいい話題があったんだね」
エル「まぁ、気にしないで。あなたたちも悪くはないわ。シアは『最後の審判』なんて役割を任される器じゃなかったのよ。あの子にはとても無理だった。でもやるしかなかった。そのために生まれたのだからね」
ラザ「……本当のシアの『病気』はそっちだったんだ」
エル「どうかしら。よく分からないわ。ただ、あの子はもう静かに暮らしたほうがいいの。役割なんて忘れてしまうまで……」
モノ「その『病気』は不治の病じゃない。きっと治る。そう、時が経てば……」
エル「……ありがとう。優しいのね。私と違って」
僕とモノは教会を後にした。
森の外まではエルが案内してくれた。
彼女はこの森の出口への道を知っているというよりは、全ての地形を把握しているみたいだった。きっと沢山歩き回ったのだろう。それは何のためだったのか。
エル「着いたわよ。じゃあ、二度と来ないでね」
ラザ「うん。次はどこか、ここじゃない場所で会おう」
モノ「それなら今度は私が案内する番だな。今回みたいな失敗はもう無いからな!」
エル「……ふん。会いたくないわ」
エルは暗い空を見ながらそう言うと、僕らへ視線を向けることなく踵を返した。
でもその冷たい言葉に、僕らは気分を害すようなことはない。
モノ「じゃあ、私達も行こう」
ラザ「うん。次は大丈夫?」
モノ「だ、大丈夫。もうこんな失敗は……」
ラザ「モノ」
モノ「う……次はちゃんと正直に言うようにします……」
ラザ「うん」
僕らも森へ背を向けて歩き出した。
次はどこへ向かうのだろうか。
僕はあの小さな小さな世界で暮らす二人を思い返しながら、自分の足で世界をまわることが出来るという幸せと、モノの手の暖かさをずっと感じていた。
305開発部ログ
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めそぽたみあフイタw
やっぱり自分がイメージしてる雰囲気に合わせて作った曲だからテキストとの相性がいいね。まぁ欲を言えばもうちょっと荘厳な感じがしても良かったかな?
エルとシアはシャナの愛染他と愛染自を思い出したわ
>>KOH
僕もそうしたかったんですけど流石にそういうのはテクが足りなかったですね
シャナ懐かしすぎてなんか笑えましたけど、自分の中のイメージとしてもあったかも知れないです
まあ使い古されたテンプレって大事ですよね(確信)
むにゅ…で何かほっこりしたわwww
いや、いいねえ。ブログ記事で読んでいるのにサウンドノベルな気分になった。
イラストの少し不気味な雰囲気も素敵じゃないかな!冒頭に持ってきてよかったのでは!
BGMもそこはかとない悲壮感が漂ってて好きだわあ、どんどんいってくれー(・∀・)!
>>アロルノ
モチベ上がるわ!ありがとう!
イラストはただ顔が描きたくないだ(ry
どんどんいくよ