集落から少し外れた場所にある山道の途中の大きな楓の木に槍を立て掛け、その場に腰を下ろす。
私の一族にとって各々の持つ槍は命というか、自らの存在の証明というか、そういったものだから大切に扱うようにと言われてるので、こんな風に扱うと他の仲間から怒られそうだけど、私にはその感覚がいまいち理解できない。
でもまぁ、ここはめったに誰かが来るような場所でもないし、たぶん大丈夫だろう。
木の根元に腰を落ち着けた私は左から右へと目線を運んでいく。
この場所は少し視界の開けた小さな丘のような場所になっていて、私の暮らしている集落も良く見えるお気に入りの場所だ。特別に思い入れのある場所というわけでもないけれど、仕事の合間とか集落に帰る前とか、気がつけば足を運んでいるような気がする。
眼下に望む集落では私の仲間たちがあれやこれやと忙しなく動いてるのが遠目に見える。
一度立ち上がって伸びをした後、私は木陰の下の草の生えた所に寝転がった。
背中に当たる草の柔らかい感触が心地よい。
空は雲一つ見えず、木々の葉の間からゆらゆらと除く木漏れ日が眩しかった。
どのくらいの時間そうしていただろうか?
風の音にざわめく木々の葉の音を聴きながら目を瞑っていると、先ほど槍を立て掛けた木よりも少し離れた辺りから、ふいに声を掛けられた。
「やっぱり、ここに居たのか。また考えごと?」
「…………」
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「ん……? もしかして寝てんの?」
「…………」
頭の上から耳慣れた声が聞こえる。
私が返事をしないでいると、声の主は草むらに降り立って一歩ずつ私の方へと近づいてきた。
「何だ、起きてるんじゃないか。起きてるなら返事くらいしなさいよ?」
寝転んだままの私の顔を覗き込むと、すっかり見慣れた呆れ顔の友人が視界の中に映る。
「…………」
「だから、起きて聞こえてるなら何か返事くらいしなさいって」
「痛っ! 何だよー、もう」
手にした槍の柄でコツコツと人の頭を小突いてきた。
「『何だよー、もう』じゃないよ。またこんな何も無いところでサボって何してんのさ?」
「別に何してたって良いでしょ。私一人くらい居なくたって、集落の方は全然平気みたいだし」
「確かに集落は今日も安定そのものだけど、そういう問題じゃないでしょ。探せばやるべき事なんて山ほどあるんだから」
「やるべき事って、例えば何さ?」
私が投げやりにそう言うと、いよいよもって友人の顔は本格的に残念そうな呆れ顔になった。
あっ、コレはマズったかもしれない。ちょっと考えなさすぎたか。
「アンタってやつは……」
深い溜息を吐いた後に、こちらにしっかりと目線を合わせてくる。
私は彼女のこういうスタンスに一種の憧れを抱いているけど、たぶん私には無理だと思う。
他の人と真っ直ぐに視線を合わせるのも何となく苦手だし。
「みんなの為に食料とか水の在処を探しに行ったり、集落に物資を運ぶの手伝うとかは? こんな辺鄙なところにフラフラ来ちゃうくらいだし、外を出歩くのは好きでしょう?」
「確かに好きだけど……みんなと大勢でぞろぞろ出歩くのはそんなに好きじゃない」
「じゃあ、集落の子どもたちの世話はどう? 姉さん達が言ってたけど、結構人手も欲しいみたいだし、アンタみたいなのんびり屋さんはお子様の遊び相手とかにちょうど良いと思うんだけど?」
「子どもの世話は嫌いじゃないよ。でも、集落の中は人が多くてガヤガヤしてるから今はそんな気分じゃないよ」
バカにしたような言い方をされたので、少しムッとしながら答える。
「やれやれ……じゃあ、集落の警備は? これなら何か無い限りは忙しくならないし、他の人達とも無理に話さなくても良いと思うのだけど? それにこれだって私達一族の未来を担う大切な務めよ」
「…………」
「だんまり、か………もう良いわ。私はもう戻るけど、気分転換も適当なところで終わらせて仕事に戻るのよ?」
そう言い残し、彼女は私に背を向けて去ろうとする。
そんな彼女に私がぼんやりと考えていた事を投げかけてみる。
「ねぇ。あなたは私たちの生き方に疑問は感じたことはないの? 食料や子ども達の世話だって“一族の未来のため”なんて言えば聞こえは良いけど、私たちって結局女王様の駒みたいなものだとは思わないの?」
「…………」
背を向けたまま彼女は立ち止まる。
「一族のためになる事をするのが良いことだっていうのは私にも何となく分かるわ。でも、最初から自らの役割が割り振られてるのって何だかおかしいような気がするの……
子どもたちにしたって、私たちと同じで生まれた時から『女王になる子』と『それ以外の子』に既に分けられている。まるで道具みたいだとは思わない?」
「……思わないわけじゃないよ。アンタみたいな事考えたこともあった。けど、そんな事言ったところでこれは私たちに変えられるようなものじゃない。
アンタにはものすごく理不尽に思えるかもしれないけど、世界っていうのはこういうものなんだと思うよ。
一族の一人一人に死ぬまでに全うするべきそれぞれの役割がある。少なくとも、私たちの世界みたいなものにとってはね」
「あなたや他の家族のみんなもそれで良いと思うの?」
「さぁ、それはわからない。でも、みんなそれぞれの役割に就いているって事はそうなんじゃないかな? 女王様を含め、私たち一族にとってこれが一番自然な家族の形なんだろうね、きっと。だから、私は一番自然に考えられる私の役割に戻る」
そう告げると、軽い羽音とともに彼女は逆光を背に飛び立って行った。
誰も居なくなった広場で私は自分の足元を見つめながら、友人の言葉を胸の中で反芻する。
「…………行こう」
立て掛けておいた自分の槍を手に取り、空にかざしてみる。
積極的に手入れをすることのない槍の刃先は少し鈍い色になっているような感じがして、私の心の中を映しているみたいだった。
色々と思う事は尽きないけれど、少しでも迷いを振り払うようにいつもより力強く私は空へと羽ばたいた。
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大変遅まきになってしまいましたが「家族」がテーマの週替わり企画、ナリマサ回になります。
ちょっと今まで書いてきた話とテイストを変えてみたかった、ということもあって手探り感がなかなかにスゴかったです。
話の途中まで読むと分かりますが、話に出てくる女の子達は人間じゃないです。ハチがモデルですね。
こんな話になったのは「蟻とか蜂の中には働かない個体(厳密には生物学的な理由もあるので、単にサボっているわけではないようです)が必ず一定数居る」という話を思い出して、そこに人間的なキャラクターを与えたらどうなるかな?――という思いつきからです。
「家族」というイメージからは少し離れるかもしれませんが、一族みたいな一定の何かで繋がる集団っていうものも家族のカタチのひとつとして捉えられるのではないでしょうか?
305開発部ログ
/ 305開発部ログOne Comment
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これ、いい…いいですよ!好きですよこういうの!素敵( ‘ω’ )!
身近にある世界を人間的に解釈して色付けしていく感じといいますか、
悲壮感漂う感じもまた乙です。最後の空にかざすくだりがいい味出てますね!
ただ、ナリマサ先生の解説読むまでハチの話ということがわかりませんでした。
僕の読解力の問題かもしれませんがwしかしそれはそれで最後にどんでん返し
食らったような感覚を味わえましたのでとても良かったのですけれどもw
文章中かもしくは挿絵などで、最後にハチの話だと決定付ける要素が
あるともっと良いかも知れませんヽ(・∀・)ノ!