(社)人類ホロボース団 活動日報No.00

BY IN 小説, 週代わり企画 0



――首都圏に星の数ほどある繁華街の内の一つ。

ここはそのとある繁華街の中でも人通りの多い二つの通りが交差する地点。無数の目線が行き交い、その全てがすれ違う。
そんな景色の中で、もっとも誰かの目に留まることが少ないのがこの雑居ビルだった。一階と二階にはナントカ商事とか、聞いた事のある大きなグループの子会社の事務所なんかが入っている。三階はずっとテナント募集のままだ。
こんな立地条件のいい場所でこの状況は良く考えれば少しおかしい。しかし人間というのは往々にして、たとえ道端に落ちている石ころが未知の鉱物でできた隕石の欠片だったとしても、それに気づけないものなのだった。この雑居ビルも、行き交う人々にとっては道端に落ちている石ころかそれ以下の存在でしかない。俺にとっても少し前まではそうだったのだから、良く分かる。
その雑居ビルの地下一階。下へ向かう階段の入り口にはA型の置き看板が置かれ、こう書かれている。





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   専門のスタッフがお悩み相談!! 
                   
  世界一安全な催眠と優秀なスタッフが 
     あなたを洗脳!        
     お悩みをスピード解決!!   
                   
        (社)人類ホロボース団
                  
            ※スタッフ募集中
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はっきり言って酷い文言だ。
あの時の俺はこの最高に胡散臭い看板を見ながら、それでも何の疑問も無く、吸い寄せられるようにこの『下』へと進んでいったのだから、『世界一の催眠』という部分だけはやはり間違いがない。『安全』と『洗脳』についてはノーコメントだ!


「さあ今日も張り切ってお仕事、致しましょうかね」


そろそろ『おろし立て』とも言えなくなってきたマントを気持ちよくたなびかせながら階段を下り、『(社)人類ホロボース団』と書かれた磨りガラスのドアを開ける。





 ―――――





「ん……んぁ…?」

頭がボーっとする。
気づくと俺は黒い革張りの大きなソファーに腰掛けていた。目の前にはこぎれいな机があり、俺の前に置かれた白いカップからは白い湯気が立ち昇っている。チラリと覗く黒い水面から察するにコーヒーだろう。視線を上げると、そこはどこか小さなオフィスビルの一室といった感じの部屋だった。
……やけに静かだ。それに窓がないので今が昼なのか夜なのか分からない。どこかに時計は――

男?「あら、気がついた? 飲み物はコーヒーでよかったかしら。お砂糖とミルクは?」

前方に置かれたついたての向こうから、異様なモノが姿を現した。身長は2mを越えるのではないかと思わせる巨体に、幅のある帯をしっかりと締めた煌びやかな女物の着物……を纏う短髪の――

女の子「おい、何で私はジュースなのよ」

その異様な……オネェ言葉の……オカマ?にすっかり視線を奪われていたところ、ふいにすぐ近く・自分の真横から女の子の声がして俺は我に返った。

オカマ「あら、二人ともお目覚めだったのね。ごめんなさい、貴方もコーヒーの方が良かったかしら?」

女の子「ぇ……ええもちろんっ。言っておくけど私、こう見えても中学生だからね? 子供扱いしないで」

身体が小さく、ソファーにその大半が沈んでいたために目に入っていなかったが、俺の隣にはずっと一人の女の子が座っていたようだ。俺の座るソファーに隣接する形で置かれたもう一つに座り、そして確かに彼女の目の前にはガラスのコップに入ったジュースが置かれている。
彼女にそう言われ、オカマは壁際にあるコーヒーメーカーから新しいコーヒーを入れはじめた。その動きはなんと言うか、ゆったりとしているがトロ臭くなく、普通の動きに見えるが着物が一切邪魔にならないように細部にまで気を遣われた、そしてその全てを感じさせない自然体な……

オカマ「知ってるわ、神寺 漣(かみでら れん)さん。年齢は14歳、両親は海外を飛びまわる著名な学者さん。この街に住む母方の祖母の実家暮らしで桜寺中学へ通う中学二年生。そしてそっちは井参 醒(いまいり せい)君ね、春から高丘高校へ通うために引っ越してきたばかり。その年で一人暮らしなんて大変じゃない?」

レン「…………」

セイ「え、何で俺の……っていうかまずここはどこですか? あなたは……」

そのオカマの言った内容に間違いはなかった。
隣に座るレン、というらしい少女もそれを聞いて警戒感を強めたような気配を感じる。恐らく内容に間違いはないのだろう。

オカマ「あ、自己紹介がまだだったわね、ゴメンなさい? 私は成無 朧(なりなし おぼろ)。気軽にオボロって呼んでね。貴方達の事はさっき調べてもらったのよ。驚かせてしまったらごめんなさいね。二人ともお砂糖は?」

レン「あ、私は……」

セイ「僕はブラックでいいです」

レン「…………私も」

オボロ「うふふ……二人とも大人なのねぇ。一応お砂糖ここに置いておくから」

新しいコーヒーを持ってこちらへ近づいてきたそのオカマ、オボロさんはやはり大きかった。しかし最初に受けたイメージほどではなく、実際の身長は180~190といったところだろうか? 服装や彼(彼女?)の放つ異様なオーラによって、実際以上に強いインパクトを受けたのが自分でも良く分かる。
オボロさんはレンのジュースを片付けようとしたが、俺はそれを遮った。

セイ「あ、僕やっぱりジュースでいいですか? コーヒー飲むならブラックなんですけど、どちらかと言えばジュースの方がいいです」

オボロ「あらそう? じゃあちょうどいいわね、手間が省けたわ♪」

レン「……ぇぇーっ?」

オボロさんはそう言うと下げようとしたジュースと俺のコーヒーを入れ替え、そのコーヒーを持って俺とレンの反対側に座った。
レンはなぜか何とも言えない表情で自分の手に持ったコーヒーを見つめている。

オボロ「それで、貴方達の疑問に答えなくちゃね。今から全部説明するわ」

レン「そ、そうよ。そもそも私はこんなところに来た記憶がないんだけど。誘拐とかそういうアレじゃないでしょうね?」

レンは多少語気を強めながらそう言った。コーヒーカップを乱暴にテーブルに置く音が部屋に響く。

オボロ「まさか! 貴方達は確かに自分の足でここへ来たわよ? それは保障するわ。まぁこの状況で信じろって言われても無理な話かもしれないけど……」

オボロさんはそう言いながらスプーンで2杯の砂糖を入れ、コーヒーを口へ運んだ。
先ほどから自分の身体を確かめていたが、確かに無理やり連れてこられたような形跡はなかった。それに先ほども気を失っていた、という感じではなかったのだ。何だか夢を見ていたような気がする。良く思い返してみればここの入り口を見つけ、階段を下りて、ドアを開けて……そしてこのソファーに座った……そんな気がする。

レン「……そう言われればそんな気もしてきた……けど、やっぱりおかしいわ。だってこんな所に来る理由がない。アンタ、何かした?」

オボロ「そうねぇ。たいしたことじゃないんだけど……ちょっと『催眠』をかけてね、ここまで来てもらったのよ」

オボロさんは続けてコーヒーを飲みながら、合間にそう言葉を並べた。
催眠? 催眠術とかのアレ?
思考がまとまらなくなり、隣に座るレンに視線を向けてみたが、彼女もまた俺と似たり寄ったりなようだった。

オボロ「ここは社団法人・人類ホロボース団っていう団体の事務所なの。それで春だし、ウチも新入社員を募集してるんだけど、その入社試験が表の看板を見て、ここまで来られるかっていうもので……表の看板には、ほら、サブリミナル効果って知ってるかしら? そういう類の仕掛けが施されてて、素質のある人間ならここまで自然と足が向かうようになってるのよ」

セイ「……はぁ……」

酷く荒唐無稽な話だ。確かに筋は通っているが、催眠だの効果だのといきなり言われてハイ、ヨロコンデ!と信じられる人間はいないだろう。だいたいサブリミナル効果なんていうものは実証されていない半分インチキ科学だったはずだ。そんなものを持ってこられても説得力などなかった。恐らくは……詐欺か宗教、その勧誘だろう。

レン「……もういいわ。時間の無駄みたいね。私は帰らせてもらうから」

レンはそう言うとソファーから立ち上がった。俺と同じ考えのようだが、結論を出すのが早い。その決断力は見習いたいものだと素直に思った。

オボロ「あら、そう? 残念ね。もちろん帰りたいなら帰ってもらって大丈夫よ。でももうちょっとだけ待ってくれないかしら? せめてコーヒーくらい飲んでってよ。とてもいい豆なのよ?」

レン「……た、確かにいい豆だったわ。とても美味しかったし…ぅん……じゃ、じゃあこれ飲んだら帰るから」

レンは意外にあっさりと折れて再びソファーに座った。俺も彼女に便乗して帰れるかと思っていたのだがアテが外れてしまった。まぁ素直に帰してくれるようだしその点は少し安心だ。確実に帰れるならあと少しくらい話を聞いてもいいだろうという気にもなってくるものだ。

セイ「一応聞いておきますが、その……このナントカ団っていうのは何をしている会社なんですか?」

オボロ「人類ホロボース団ね。あと会社じゃなくて社団法人♪ ウチは人類を滅亡させることを目的に活動しているのよ。驚いた?」

セイ「は、はぁ……」

レン「………アホらし」

団体名を聞いてまさかとは思っていたが、どうもその通りだったらしい。レンの反応ももっともだが、流石に本人を目の前に正直な感想を言うことは俺にはできなかった。

オボロ「まぁそう思うわよねぇ……でもできれば先入観を持たずに、普段の活動だけでも見ていって欲しいんだけど……」

セイ「普段の活動って……破壊活動とかですか?」

オボロ「そう思うでしょうけど、それは違うわ。貴方、どれだけ『破壊』を進めれば、人類は滅亡すると思う?」

やけにちびちびとコーヒーを飲むレンを尻目に、俺は自分に向けられた問いに対して真面目に考えてみた。軽い暇つぶしのつもりで。

セイ「うーん……ライフラインや情報を完全に破壊できれば……あるいは……?」

オボロ「そうかしら? もしそれができたとして、人類が『滅亡』するところまでいくかしらね?」

……無理だ。もしライフラインを完全に破壊し、情報を遮断できたとしても人間はその場でなんとかして生きていくだろう。もちろん食料の不足や疫病の流行、混乱や略奪によって多くの死者が出るだろうことは間違いない。しかしそれでは『文明の破壊』止まりで、『滅亡』つまり『人類全滅』にはとうていたどり着かない。それじゃあ……

セイ「じゃあ毒! 毒で全ての人間を……いや、『全て』は現実的に不可能だな……やっぱり核兵器で……」

オボロ「核兵器で地球ごと破壊できれば、『滅亡』も可能かもね。でも、それができるかしら?」

セイ「……無理ですね。もし資金や施設、権力がどれだけあったとしても、携わる人員の中には必ずそれに反対する者が出てくる。人類を敵に回すのだから、人員を動員する時点でいつ失敗してもおかしくない。戦争を誘発するとしても不確定要素が大きすぎるし……」

レン「何アンタも真面目に考えてんのよ……バカじゃないの?」

セイ「まぁ暇つぶしだよ。レンちゃんも随分ゆっくりしてるみたいだし別にいいだろ?」

レン「ちゃんとか言うなこのっ…! ……まぁいいわ。別に急いでもないし、見世物として楽しんであげるから、続けなさいよ」

やけに態度のデカい女子中学生に横槍を入れられながらだが、俺はこの難問への興味が高まっていた。
そもそも『滅亡』の定義は『全滅』でいいのだろうか? 山奥に数人の人間が生き残っても……ダメだな。そこから再び人類が繁栄する可能性が残る。やはり土地自体を汚染して……それか新種のウイルスで……

オボロ「レンちゃんからの許可も出たし、まぁゆっくり考えてみて? ちょうどいいのが来たみたいだから、参考にしてみるのもいいんじゃないかしら」

オボロさんが何かに気づいたようにドアの方へ視線を向けた。そのまま立ち上がり、仕切りになっている後方のついたてのもう一つ向こう側、最も入り口に近い空間へと移動する。
するとガチャっというドアが開く音が部屋に響き、俺とレンも視線をそちらへ向けた。そこには一人の女の子が立っていた。ごく普通の私服姿でボーっとその場に立ち尽くすその女の子は、しだいに目に光を取り戻し、言葉を発した。

女の子「え、ここ……どこ…?」







オボロ「へぇ……それは辛かったでしょうね……紫里(ゆかり)ちゃん。よくがんばったわねぇ……」

紫里「そ、そうなんでず……ズビッ………ぞれで……」

俺とレンの目の前で、初めてこの部屋に来て10分・会って9分の二人がまるで同窓会で再開した友達のような、お互いの関係を思い出したかのような自然な打ち解けを繰り広げている。遂には話しながら泣き出してしまった女の子、紫里の愚痴を聞きながら、優しく微笑みかけるオボロさんはまるで仏か悪魔か……

レン「聞き上手なオカマ……恐るべし……」

先ほどからオボロさんに対してどこか一線を引いて接していたように見えていたレンだったが、この10分で流石に少し認識を改めたようだった。
先ほどの様子から察するに、入ってきた女の子は俺達と似たような『催眠』の効果でここに足を運んで来たようだった。俺達と同じようになぜ自分がここに来たのかは分からないが、自分で足を運んだことは何となく覚えている……といった具合だ。流石に『催眠』という話の一点については信じざるを得ない。いや……ひょっとしていわゆる劇場型とかいう詐欺の一種という可能性も…?
とにかく信じるにしろ信じないにしろ、情報が足りない。多少興味もわいてきたことだし、もう少し様子を見ていこうと思う。
ちなみに彼女が受けたのは俺達と同じ入社試験の話ではなく、悩み相談だった。まだ少々夢見心地なのかオボロさんが凄いのか、不思議なほど自然な流れで彼女は自分の悩みを全て吐き出していた。

紫里「でもどうしても私、その子たちとも仲良くできなくて……」

オボロ「そう……でも、どうして貴方はその子達と仲良くしなくちゃいけないって思うのかしら? 確かに嫌がらせを受けるのは辛いかもしれないけど、そうやって無理に付き合うのも同じくらい辛いんじゃない?」

紫里「え……ズビッ……でも……」

オボロ「だって仲のいい友達もいるんでしょ? 他の子達と仲良くできないのは、今の交友関係でもう満足してるからかも知れないわよ?」

紫里「……確かにもっと友達が欲しい……ってわけじゃない、ですけど……」

先ほどまで鼻をすすりボロボロと泣いていた紫里は悩みを吐き出して少し冷静になったのか、オボロさんの問いかけに対して自問自答するように、かみ締めながら途切れ途切れに答えていた。

オボロ「じゃあもういいんじゃない? 多少の嫌がらせなんて跳ね返しちゃいなさいよ! 無理して自分を殺しても、それ以上に辛いだけよ?」

オボロさんの言葉に紫里は少し表情が揺らいだように見えたが、まだ簡単には納得できないといった様子だ。

紫里「でも、やっぱり……だって嫌がらせを受けるのは……」

オボロ「どうせ何かを我慢しなくちゃいけないのよ? 自分を殺すか、嫌がらせと戦うか、なぜ自分を殺すほうを選んだの?」

紫里「だって……だって私戦えない…! あの子達が正しいんだもの! そう、そんな自分や仲のいい友達だけの中で引きこもってていいわけがないんです! 色んな人と知り合って、付き合って、コミュ力つけて、そうやって社会人にならないといけないの!」

段々と心の深い部分・悩みの根本へとオボロさんが切り込むと、紫里は声を荒げ叫びだした。その表情は先ほどまでとは違い、目をつぶるような……必死にそれを守ろうとするような……

レン「ちょっと……あれ大丈夫なの?」

セイ「さぁ……」

オボロさんがしているのは『悩み相談』だとばかり思っていたが、これでは紫里を傷つけてしまう。曲がりなりにも『社団法人』を名乗っているからには、ただ無料で悩み相談に乗っているというわけではないはずだ。しかしこれではサービス業としてダメなんじゃないだろうか…?

レン「……ん? ねぇ、ちょっと……あれ……」

レンが紫里を指差し、何か言いよどむ。いや、正確にはレンが指差しているのは紫里の背後……

セイ「な、なんか……あれ? 目が…? ん……」

紫里の背後に、何か影のようなものが揺らめいて見える。影……といっていいのか分からないが、少なくとも紫里と彼女の後ろの壁の間には、視線を遮る『何か』がある……ように見えた。

レン「あ、アンタも見える…? なんか黒いゆらゆらしたヤツ……」

セイ「ああ……見える……」

オボロ「そこの二人、ちゃんと見てなさい。これがウチの『人類滅亡』……『洗脳』よ!」

オボロさんは聞く耳を持たなくなった紫里ではなく、振り返らずにこちらに向かってそう言い放った。そして着物の裾に手を差し込んだかと思うと、そこから木でできた棒のようなものを取り出す。

オボロ「……っ!」

俺とレンが呆然と事態を見つめる中、オボロさんはその棒の上下を両手で持ち、右手を振り上げた。




 一閃。




オボロ「人類に安らかな滅びを……」

カチャ……という音がして、オボロさんは再び木の棒を上下に持つ構えに戻っていた。白い光が走り、黒い影は紫里の背後から『切り取られた』。そうだ、オボロさんが持っているのは日本刀だ。それにしては短い気もするが、確かに今のは逆手持ちの『居合い』だった。

レン「脇差……江戸時代に打刀(うちがたな)の対・予備として用いられた小刀(しょうとう)よ」

一瞬俺の心が読まれたかと思うようなレンの言葉。驚いたが、きっと実際に心が読まれたんだろう。それだけ分かりやすい表情をしていたということか……恥ずかしい。

レン「でも……今、あの人……何をしたの…?」

セイ「いや、分からない」

切り取られた影は火が消えるようにどこへともなく消え、紫里の背後に揺らめいていた影も全て消え去っていた。

紫里「……ぁ………」

オボロ「おっと、危ない」

影を切り取られた紫里は静かに立ったまま硬直していたが、突然緊張が解けたかのように身体の力を失って倒れこんだ。
それをオボロさんが受け止め、来客用のソファーにゆっくりと寝かせる。

オボロ「どう? ちゃんと見えたかしら?」

レン「……何のこと?」

良く分からないが一仕事を終え、息一つ乱さずにこちらへ戻ってきたオボロさん。その問いかけに対してレンは注意深く言葉を選んで答えた。その警戒心と頭の回転には感服する。俺はと言えば完全に頭がフリーズしていた。フリーズしていることだけははっきりと分かるのだが。

オボロ「もう、とぼけちゃって♪ 貴方達にはもう『アレ』が見えたはずよ?」

セイ「まぁ……何となくは……」

レン「ちょっとアンタ黙ってなさいよ!」

レンは怒っているが正直もう警戒しても無駄だろう。今目の前で確かに俺たちには理解できないことが起こり、それが真実であるにしろ虚構であるにしろ、俺たちにはそれを判断するための材料がないのだ。諦めてオボロさんの言うことを聞いたほうが得策だろう。それを信じるかどうかはそれから考えればいい。

オボロ「あれはね……『セイギ』っていうモノよ。彼女にとり憑いていたのを今、祓ったの。これで彼女の悩みは解決に向かうはずよ」

セイ「刀で切っちゃうのがお祓いなんですか?」

オボロ「まあアタシの場合はね。これは人によってやり方が違うの。祓う人が『これだ』って思うやり方でやらなきゃダメなのよ。そして私達はこれを『お祓い』じゃなくて『洗脳』って呼んでるわ」

セイ「はぁ……」

とにかく疑問は募るばかりだが、オボロさんは快く答えてくれている。まずどこから質問するべきだろう……こういうときに自分の頭の回転の遅さが嫌になる。

レン「……で、今私たちが見たそのセイギっていうのは何なの? 私は今まであんなもの、見たことが無かったのだけど」

そう、それだ。

オボロ「セイギっていうのは人間にとり憑いて悩ませる『何か』よ。貴方達が今までアレを見たことがないのも当然。この部屋に来るときにかけさせてもらった『催眠』、それに貴方達の『素質』を開花させる作用があったの。貴方達に備わっていたのはセイギを見る才能、『悪の才能』よ」

レン「はぁ!? ちょっと、何勝手なことしてくれてんのよ!」

オボロ「ごめんなさいね……でもウチも人手不足でね、こうでもしないと誰も信じてくれないでしょ?」

セイ「確かに」

レン「ちょっとアンタも納得しない! こんなの見えるようにされたら、もう普通の生活送るのも大変じゃないの!!」

セイ「ま、まぁまぁ……」

しかしレンの言うことももっともだ。素質があったとはいえ、それを向こうの都合で勝手に開花させられてはたまったものではない。

オボロ「まぁ実は私たち、『悪の組織』なの♪ だからこれくらいは屁でもないのよぉ。さ、これからの人生、アレを見ながら怯えて暮らすか、私たちの仲間になってアレへの対処法を学ぶか、どっちにする?」

オボロさんは実に楽しそうな笑顔でそう俺達に問いかけた。どっちを取るかなんて決まっている。それでも俺達の口から言わせるのは、まぁ当然か……でも楽しそうなのはきっとこの人の性格だと思う。

レン「……私はそう簡単にはいかないわよ! そうよ……落ち着いて考えればまだ見える見えないの話だって信じるには証拠が足りない。あれは視覚トリックか何かで、私を騙そうとしてるのね? そう考えた方が自然……まだ筋が通るし……」

オボロ「あら、まだ信じてくれないのね。ま、いいわ。どうせ暫くしたら嫌でも信じるしかないし、今日のところはね。気が変わったらいつでも来てね♪」

オボロさんはそう言うと再びソファーに腰掛け、飲みかけだったコーヒーに口をつけた。

オボロ「でも、さっきはああ言ったけどきっと貴方達もここが気に入ると思うの。きっと貴方達の人生の助けになれるわ。脅そうとか利用しようとか、そういう感情はないの。それだけは……」

今日は信じるだの信じないだの良く聞く日だ。正直俺はもう訳が分からないけど、オボロさんは悪い人には見えない。我ながらどうかと思うが、もうこの人のことはすっかり信じきってしまっている自分がいた。

レン「……うぅ………」

レンも少なからず俺と同じ立場のようだが、理性が彼女の中に大きな葛藤を生んでいるようだった。少し気の毒だ。

セイ「分かりました。ではまた後日改めてお邪魔させてもらいます」

オボロ「ええ。でも次に会うことがあるとしたら、その時には仲間としてなんだから、そんなに他人行儀じゃなくていいわ。ウチは敬語いらないの♪」

セイ「……わかり……オッケー。じゃあ、もしまた会えたら、その時はよろしく」

返答代わりに優しく微笑みながらコーヒーを口に運ぶオボロに一礼し、俺はレンを連れてその場を去ることにした。







事務所の扉を抜け、階段を上がると見覚えのある道に出た。先ほどまでの出来事が嘘のような日常の風景が目の前に広がる。俺たちの置かれた立場など知る由もない、たくさんの通行人が左右に流れていく。やっぱりさっきまでの出来事は夢だったんじゃないだろうかと一瞬思った。
地下への階段の方を振り返ると、入り口には社団法人人類ホロボース団のA字の置き看板が控えめに存在感を放っていた。そういえばここでちょうどこの看板が目に留まったところまではしっかりと覚えている。春からの生活に向けて、近所の店や施設を見て回っていたところだった。

レン「………はぁ……」

セイ「大丈夫か?」

俺のあとについてあの場から一緒に退室したレンだったが、ここまで来てもまだ多少混乱したままのようだ。これは少し重傷かもしれないな。一人にして時間を置いたほうがいいのか、それとも一人にするのはマズいのか……

レン「……ねぇ、アンタ、あの団体に入るつもり?」

セイ「ん? あぁ、まあ多分そうなるかな。あそこからこうやって一度でも帰してくれるってことは、あのセイギっていうのは本当にあって、俺たちはそれが見えるようになったんだ。じゃなきゃ一度帰って頭冷やせば、あんなに大掛かりに俺たちを騙したのに嘘がばれて、全部無駄にするってことだからな」

レン「そんなの分かってるわよ! でも……」

レンはそれでもまだどうしていいか分からないようだった。確かに本当はそう簡単に決められることではないのかも知れない。ただ俺は興味があった。というより他のことに興味がなかった。既存の価値観に。

セイ「うーん……まぁそうやって悩むのが普通だとは思うけど……」

俺もこの後レンをどうするか、そうやって悩んでいると背後から人の気配がしてそちらへ振り向いた。

紫里「あ、ごめんなさい」

俺たちがあそこから退出してからしばらくして、あの後意識を取り戻したであろう紫里も同じように階段を上って来た。そのまま帰路につくのか、通りに沿って歩き出した。
彼女の悩みは本当に解決に向かうのだろうか? そしてそれがなぜ『人類滅亡』に繋がるのか。

セイ「そうだ! あの子の後をつけてみないか? オボロがやったことが本当は何なのか、分かるかも知れない」

レン「え……っ!! ちょっと!! バカっ触んないで!!」

俺はレンの手をとり、紫里の後を追いかけた。無論距離を詰め過ぎず、気づかれないようにだ。
彼女を観察すればレンの迷いの解決になるかもしれない。そして何より俺自身があの『セイギ』、『人類ホロボース団』、そしてそこから見える世界。それに興味があったのだ。





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はい、週代わりお題「正義」出題者にして大遅刻の毛糸です。
多忙にてお休みのたふぃー氏の代打で日曜に更新できるとイケメンだったんですが、雰囲気ブサメンの自分にはこれが限界でしたね。最初は短編にしようと思っていたんですが、前々からやりたかった「悪の組織」モノをやるのはいつ? 今でしょ!(照れながら)という感じでノリノリで書き始めたのです。春から生活習慣が大きく変わり、体力や時間の配分が上手くできずに遅刻してしまいましたのですがね、でも一応満足です。読みきり感覚で書いたので書き直すかも。そのうちシリーズ化予定!

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