正しい選択

BY IN 週代わり企画 2 COMMENTS

蛍光灯の明かりに照らされた廊下を施設の担当者に案内されて、右へ左へと進んで行く。
5分ほど歩き、ある部屋の前に着いたところで担当者から軽い説明を受ける。

「――では、面会時間は30分までとなっておりますので」

担当者に短く礼を述べて、部屋の中に入る。

通された部屋はさほど広い部屋ではなく、右手の壁に大きめの窓がひとつだけ作られている。
部屋の中のものは少なく、部屋の隅に小さめのラックがひとつ、そして部屋の中央にデスクがあるだけだ。
そのデスクの奥側、入り口から入ってきた私に向かい合う形で彼は座っていた。

「……よう」

少しの間をおいて挨拶を交わし、彼の真向かいの席に腰を下ろす。
彼は両手両足を枷で繋がれた状態で自由に身動きが取れないようにされている。
部屋には私と彼以外の人間は居ないが、人の気配を感じるような気がする。
おそらく、部屋の窓がマジックミラーになっているのだろう。今回の一件について詳細を知りたい者達が我々の会話を聞こうとしている可能性は高い。
どこにあるかは分からないが、映像と音声を記録する端末も壁のどこかに埋め込まれているはずだ。
まぁ、聞かれて困るような事を話すわけではないから、特に問題は無い。

「少しは頭の中の整理はついてるか? できるなら、あの時のことを聞かせて欲しい……」

わずかな沈黙の後、彼は静かに口を開いた。

「良いよ。自分でも意外なほど落ち着いてるし、あの時のことは俺もお前には聞いて欲しいと思ってた」

二人が発する音以外の無い静寂に満ちた空間で、彼はぽつり、ぽつりと私に語り始めた。



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『そもそも、彼がなぜこのような状況に置かれているのか?』ということだが、原因を作ってしまった責任は私にもあると思う。
我々の所属している治安維持機構の長官に国内テロ行為の幇助を行っている嫌疑がかかり、数ヶ月にわたる調査の末に容疑が固まり、極秘裏に長官の身柄を拘束する作戦を遂行する事となった。
そして二週間ほど前に、その作戦は発令された。そこで我々の動きに気づき、逃走を図った長官を拘束するだけのはずが、追跡して追い詰めたところで彼が長官に向けて発砲、射殺してしまった。
彼は普段から真面目な仕事ぶりで後輩からの信頼も厚かった。そんな彼が個人の勝手な判断で容疑者を殺害してしまうとはとても思えなかった。
少し遅れてその場に駆けつけた私達に彼は取り押さえられ、数日後に裁判にかけられる事になった。
長官には抵抗した形跡は無く、彼も「自分が殺した」と供述したため正当防衛にもならず、法の下で裁かれ、今の状況に至る。

あの時、自分もその場に居れば彼を止められたかもしれない――

一連の騒動が収まり、彼の刑が確定した後も私の中の後悔は全く消えなかった。
裁判の際も彼は一切その動機を明かす事はなく、その時から既に刑に服する覚悟を決めているようだった。
だから、せめてその理由だけでも知りたいと思い、各所に掛け合って何とか彼に面会する機会を手に入れた。

「あの時、俺たちが遅れて到着するまでの間に一体何があった? 長官と何か話したのか?」

私達が現場に駆けつけるまで、おそらく10分弱はあったと思う。
その間、彼と長官のやり取りを知る者は誰も居ない。

「9年前に起きた首都中心部の駅での爆破テロ事件、覚えてるか?」

彼が唐突に切り出す。

「あぁ、覚えてる。酷い有様だった…… あの時はまだこの仕事に就く前だったけど、中継で見た光景をはっきり覚えてるよ」

「お前にも話したこと無かったけどな……実は、俺には兄弟がいてな。あの時の事件に巻き込まれて亡くなってるんだよ」

彼の言葉に驚くと同時に、今回の一件の動機が分かった気がした。

「もう分かってると思うが、あの時捕まった犯人に資金援助を裏で行っていたのが長官だったんだ」

「そんな……」

「俺はヤツの容疑を固めていく為の調査を進めていく中でこの事実に行き当たった。許せなかった。
でも、その時はヤツを殺そうとは思っていなかったよ。捕まえて、犯した罪を償わせるつもりだった」

「なら、何故そうしなかったんだ? お前が一時の感情に流されて判断を誤るとは思えない」

手錠で繋がれた両手を握り締めて彼が答える。

「何故そのような行為に手を染めていたのか理由が知りたかった。だから、追い詰めた時に聞いてみたんだ。
そしたら、何て言ったと思う?」

「……?」

長官がテロの幇助を行っていた理由については諸説あったがどれも決定的なものとは言えなかった。現在でもその動機については不明な点が多い。

「ヤツは『この国の正義のためだ』と言ったよ」

「テロの幇助を行う事が“正義”だって?」

「『この国の国民は平和な状態に慣れきって正義を行うことの大切さを忘れてしまっている。これでは今後やって来る過酷な世界を生き抜いてはいけないだろう。だから意図的に舞台を用意して、我々のような組織の存在意義、ひいてはその行いの重要性を強く知らしめてやる必要があるのだ』ヤツはそう言っていた。
『強固な正義を成すためには犠牲も付き物だ。ぬるま湯に浸かっているような精神では正義を確固たるものには出来ない。君も正義を成す者のひとりとしてそう思わんかね?』両手を広げて、まるで舞台役者みたいにヤツは言ったよ。
我慢の限界だった。弟がヤツの語る正義の道具にされたことが許せなかった。
そこから先は何を話したかはよく覚えてない。気づいたらお前らに取り押さえられてて、目の前でヤツは死んでいたよ」

一息にそこまで語って、彼は大きくため息を吐いた。

「ヤツの言った事は全てが間違っているわけじゃないが、ヤツの唱えた“正義”は間違ってる。自分のした事に後悔が無いわけじゃないが、それだけは間違いない」

「法廷で何故それを話さなかったんだ? 話していれば、罪が幾らか軽くなったはずなのに……」

私の問いかけに彼は首を横に振った。

「いや、これで良いんだ。ヤツの“正義”が正しくなかったように、俺の行った“正義”もまた正しくなかった。
だから俺自身も罰せられるべきなんだ」

真剣な眼差しで彼がこちらを見据える。

「お前はヤツや俺のようにはならないでくれ。そして、俺やみんなが納得し得る“正義”の形を見せていって欲しい。俺が話したい事はこれだけだ」

彼がそう結ぶと、ちょうど部屋のドアが開いて担当者が面会時間の終わりを告げてきた。
部屋を出る前に彼ともう一度視線を交わし、自らの決意を確かめる。
そして、私は彼の収容されている施設を後にした。
外は我々の今後を暗示するかのように、ひときわ強く風が吹いていた。

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今回のテーマは『正義』ということで、刑事ドラマ等によくありそうな話になりました。
おぉ、シリアスシリアス……
テーマの骨子がなかなか崩しにくいものだっただけに、良くも悪くもいつもの自分が書くようなテイストになってしまったのがちょっと心残り。
かと言って、このテーマで逆方向な雰囲気を出すのは、今の自分ではちょっと無理そうですね。
柔軟な発想をするのは難しいねぇ……

(書いた人: )

2 Comments

  1. 毛糸 |

    王道ですね。情景描写が分かりやすくて良いですねぇ見習いたいです。
    短編ならやっぱりもうちょっとヒネリが欲しいかなっていう気もしますな。

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    • ナリマサ |

      「良く言えば鉄板、悪く言えば冗長でヒネリが無い」って感じだよね。
      骨格が崩しにくいテーマだっただけに痛感させられましたわ。
      テーマに対する向き合い方もその時その時でどういう方針でやっていくかしっかり考えないといかんですなぁ。

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