彼女のシャッターチャンス

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「なかなか来ないですね、先輩」

「うーん……」

「ってか本当に居るんですか、下駄箱の前でチョコ渡す女の子なんて」

「居る! ……はず」

放課後の玄関口。あまり不自然にならないように立ち話を装って、『チョコレートを渡す』という、普通に撮ったはずなのにピンク色に見える瞬間を狙って僕らは待っていた。そう、今日は世の女の子たちが妙にいじらしく見える、バレンタイデーなのだ。


「いや、別に渡す瞬間じゃなくてもいいんだ」

「というと?」

「後ろ手にこう、こっそり持ってるのとか。背景はボケ強めだな」

それは確かに画(え)になるだろう。ウェストサイズくらいで、左側に女の子を置いて、右肩くらいの向こうに男の子がうっすら遠くにボケて見える感じとかいい感じになるんじゃないか。

「分かりますけど、それって狙って撮れるもんですかねぇ」

「でも構えなければ撮れないだろう?」

ぐうの音も出ない。その通りなんだけど、それを待っていたらいつまで経っても思う画って撮れないんじゃないかと思う。いや、だからこそプロっていうか写真家っているのか。

「あー、例えば誰かにやってもらう、っていうのは?」

「却下だ。意図して作られた画には本物の想いは入らないだろう……いや、写真集とかイメージとして使うならそれでOKなんだが、私的にはやっぱりホンモノが撮りたいな」

なるほど、と頷く。と言ってもなんとなく理解しているだけだけど。作ったからこその画の美しさというのはもちろんあるけれど、偶然だからこそ美しく見えるのもある、なんていうことなんだろうか。

「しかしアレだな、こういう状況は装備を迷うな」

「望遠で離れた人を狙うか、単焦点でボケ味を活かすか、って感じですか」

「分かってきてるね。遠くで見つけても対応できる望遠か、明るさとボケ味でキレイな感じに撮れる単焦点か。1人だったら悩むところだけど、私たちは2人だから安心だな」

そう言って先輩はニコリと微笑んだ。真面目そうな口振りに対してこの柔らかい表情。そういうところに僕は時たまドキリとさせられる。

それからどれくらいだろうか。少なくとも2人とも足が痛くなるくらい、シャッターチャンスを待つという名目で、写真のこと、学校のこと、家族のこととか、たくさん話をした。

楽しかった。だけどそんな時間も、部活動をしている生徒も帰れという、完全下校を告げるチャイムの音で終わりを告げられる。

「……全然居なかったな。まぁ、まだもうちょっとチャンスはあるかもしれん」

「そうですかねぇ。部活やってたヤツらなんてさっさと帰りそうな気もしますけど」

「そうか。まぁなんにせよアレだ。君はもうちょっと狙っていてくれ」

「あれ、先輩は?」

「なに、ちょっとお花を摘みに、な。5分くらい様子を見て、チャンスがなさそうだったら部室に戻るといい」

「了解です」

返事をする前に先輩は少し駆け足で去っていった。結構我慢していたんだろうか。

入れ替わるように部活を終えた生徒達が玄関にやってくる。心なしか嬉しそうな表情な男子生徒も居るが、みな普段とそんなに変わらないようだ。というかこの人がいっぱい居る状況で渡そうと思える女の子が居たらそれはそれで剛の者だと思う。

まだちらほら人が居るが、もうそんな雰囲気でもないだろうし、5分くらい経っただろう。部室へ戻ることにした。部室の明かりが点いてるので、先輩はもう中に居るようだ。

「せんぱーい、やっぱり誰もそういう人は居ませんでしたよ」

扉を開けると先輩ももう帰り支度を始めていた。

「んーそうか。今どき漫画とかでしか無いのかな」

先輩がチョコを渡すシーンがある漫画を読むことに驚きを感じつつ、少し意地悪な質問を思いついたのでぶつけてみる。

「そういう先輩はチョコあげないんですか?」

「私か? 私はそういうキャラじゃないだろう。でも……ま、イベントを蔑ろにするわけでもないからな」

そう言って先輩は愛用している白衣の右ポケットに手を突っ込むと、僕に向かって何かを差し出してきた。

「ほら」

「ほら、ってこれチロルチョコじゃないですか」

「無いよりはいいだろう?」

そうですけど、せめてもうちょっとオシャレな箱のが、と、ぶつくさ言うと贅沢言うなと怒られた。本当のところは、この先輩からチョコを貰えたっていうだけで嬉しいのだが、それはもちろん内緒である。

「さて、帰るか」

「そうしましょうか」

こうして僕のバレンタインデーは終わった。

……かのように思えたが、家に帰って鞄を開けると、そこには赤いオシャレな紙に包まれた四角い箱が入っていた。どこからどう見てもチョコレートの箱である。

僕の戻りを気にしつつ、鞄の位置がずれないようにこっそりと、このチョコレートを忍び込ませた先輩の姿を想像する。それはもうとんでもなく可愛いシャッターチャンスだった。


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というわけで前回の『2人の色温度』に引き続き先輩と僕シリーズ第2弾です。単純に名前を考えるのが面倒なので先輩にしてます。そして完全に好みで白衣、そして言及してないですが眼鏡で黒髪でストレートでちっさいです。

舞台は高校の写真部、みたいな感じです。今後もなんか思いついたら書いていこうと思います。まぁ先月あげると言ってたサウンドノベルも実はこのネタで書いてたんですが、ちょっと内容が個人的に納得できてないのでアップはまだお待ちを!

(書いた人: )

4 Comments

  1. 毛糸 |

    話として上手く纏まっていていいですね。起承転結がしっかりしていて羨ましい。
    登場人物の描写はもう少し多くてもいいかも知れません。それか前回の続きだと明示するか。KOHさんにしては特徴的なヒロインなので彼女にはがんばって欲しいです(謎)

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    • KOH |

      あんまりキャラを考えずに書いてるから描写するところがない……いやまぁ考えろって話なんだけどね!確かにもうちょっと人間味を出すか、雰囲気だけの感じにするか割り切った感じにしたいなぁと思います。

      イメージ的にはモバマスの池袋晶葉が黒髪になってストレートになった感じかなぁ。なんにせよモデルって大事よね

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  2. アロルノ |

    先輩のいじらしさがまたキュートさに拍車をかけていますね。単純に話として好き!
    確かに特徴が現れているキャラだと思います。どんどん濃くなっていくのが楽しみですね。
    前回コメントした専門知識の件についてはこれくらいが僕は読みやすかったです。
    キャラの人間味はまだ出ても良いかと思います。現時点で彼目線での語りなので、
    先輩は読者にも可愛く映るとよいのではないでしょうか。

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    • KOH |

      なるほど、もうちょっと先輩可愛いなー感を出せばいいのね。

      専門知識ってか割りとあんまり俺も詳しいわけじゃないからどちらかというと撮影における心構えみたいな話に近いんだけどね。あ、でも照明の話とかも面白そうだな…

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