空の落ちた地球の旅 05

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第05話 『還るなら、大きく在り』





(クリックでBGM再生)

穏やかな波に揺られる大きな船。


海が青いのは光の屈折と反射のせいだと人間は言っていたけれど、本当の理由は青いほうが綺麗だからだ。


今の海は暗い。
太陽の光が届かないのだからそれが当たり前なのだと、そう人間は思ったんだろう。
でも光源不明の光が世界を照らしているあたり、人間も割と適当だ。


モノ「ラザ、ほら、空の色が変わってきた」


モノの声に僕とグレスが空を見上げる。
僕とモノは、『未知の外敵への恐怖』 “侵略者” グレスの船に乗せてもらって移動していた。
足みたいな扱いで怒らせたりしないだろうかと少し不安だったけど、グレスも相当ヒマみたいで喜んで乗せてくれた。


ラザ「本当だ……」

グレス「なんだお前ら見たことなかったのか? このへんからはずっとこの色さ」


空は赤と黒の混ざり合わないコントラストから、青や黄色のぼやけた色へと変化していた。


モノ「私も実際に見るのは初めてだ」

ラザ「どうして空の色が変わるの?」

グレス「まぁそのあたりにいる人間のテンションみたいなもんだな」


グレスが大雑把に答えてくれた。
空という天井は落ち、その役割を放棄した。
支えていた『柱』がなくなってしまったから。


ラザ「このあたりの人間は少し心理状態が落ち着いてるってことかな」

モノ「そういうこと。死んだ人数は多いほうだったけど、そういうのはあまり関係ないみたい」

グレス「人間ってのも面白いもんだよ。あたしはこの空も嫌いじゃないね。ま、あたしらからしてみれば生みの親だからかね。お前らは人間から生まれた訳じゃないんだろ?」

モノ「そう。人間の生まれるずっと前からいた。ラザは私よりももっと前だ」

ラザ「…?」


僕らはゆっくりと時間をかけて海を渡った。
グレスとは色々と話をしたが、あれ以前のことについては聞いてこなかった。気を遣ってくれていたのかも知れない。


グレス「お、見えてきたぞ」

ラザ「え? ……ホントだ!」


ずっと見えていた水平線を遮り、自然が多く残る地平線が姿を現していた。自然と声が大きくなり、顔が綻んでいる自分に気づき、僕は少し気持ちを落ち着けた。


ラザ「モノ、あそこに上陸していいの?」

モノ「うん。グレス、本当に助かった。ありがとう」

グレス「おう! ……ん? そういえば最初にこの船に来た時みたいにビューンってすれば良かったんじゃ?」


分かっていて言わなかったのだろうとばかり思っていたけど、それに今さら気づいたみたいだ。グレスは少し多角的に物事を見るのが苦手みたいだ。僕らの申し出に全く疑問も持たずに協力してくれたし、人を疑わない性格なのかも知れない。


モノ「あれは使いたくないんだ。気に障ったか?」

グレス「いや、そういうことならいいんだ。お前らも気づいてなかったらかわいそうだな、と思って」

ラザ「……ぷっ! アハハハッ!」


僕らは小船を出してもらい、上陸する準備を始めた。


ラザ「じゃあ、本当にありがとう、グレス。ハレにもよろしく言っておいてくれる?」

グレス「なんだ、ハレ姉さんならずっと後ろからついて来てたぞ。気づいてなかったのか。自分で言っとけ」

ラザ「え……」

モノ「……気づかなかった」


僕らが船の後を見ると、確かにそこにはハレが海面から頭を覗かせていた。しかしこちらに背を向け、向こうのほうを見ている。


ラザ「こっちに気づいてるのかな?」

グレス「気づいてるさ」

モノ「なぜあっちを向いてるんだ?」

グレス「さあ。ハレ姉さんは変わってるからな」


グレスに分からないのでは僕らに分かる訳もない。


ラザ「ハレ! ありがとう!」

モノ「またな」


僕らの言葉にもハレは何も反応を示さなかった。でもきっとちゃんと聞いてくれているんだろう。グレスが当たり前みたいな顔をしていたから、僕も今回は不安に思わなかった。



僕らはグレスとハレと別れ、新しい土地へと足を踏み入れた。
自然が多く残り、険しい山々が連なるのが見える。
目的地はこの山をいくつ越えた場所なのだろうか。


モノ「行こう」

ラザ「うん」


山道は歩きづらかったけど、空の色が変わったこともあってか、不思議と気分は高まった。間近で見る大きな木や小さな生き物は、僕の中のあの時以前に感じていたイメージを大きく塗り替えていった。

僕らはゆっくりと景色を楽しみながら進み、時に留まり、休んだ。


モノ「このあたりにはもう人間はいない。今、生き残った人間は何箇所かに集まって暮らしてる。ここにいた人間も遠くへ移動していった」


このあたりにも人間のいた形跡はたくさんあった。いくつか小さい集落の跡は通ったし、道もまだ歩ける程度には整っている。
今僕らが居るのも、多分神社だった場所だと思う。社自体は壊れてしまっているけど、ぽつんと佇む鳥居だけがその開けた空間に意味を持たせる役割を未だに果たし続けていた。


モノ「そろそろ行こうか?」

ラザ「うん。……ん? ねぇ、今向こうで何か動かなかった?」


再び目的地に向かって歩き出そうとした時、すっかり荒れて木々が生い茂った向こう側、何かが動いたような気がした。


モノ「? 向こうに少し開けた場所がもう一つあるみたいだ。見てみる?」

ラザ「うん」



僕らは木々の間をくぐり、その場所を目指した。
そこは神社跡から近く、すぐに着いた。

そこにあったのは今まで見た中でも一番大きな木だった。
その空間は広めだったけど、その木の大きさがその広さを忘れさせた。それに周りの木、いや、自分そのものまでもが小さく思えてしまうほどの大樹。

それが根元から切られ、倒れていた。


ラザ「これって……」

モノ「誰かいる」


僕はその大樹の存在感に少しの間呆然としていたみたいだった。モノの言葉で我に返り、その視線を追った。
その先は大樹の切り株、とても大きなその切り株の上、あまりのスケールの違いで気づかなかった。一人の少女に向けられていた。

切り株に膝を抱えて座る少女。
くすんだ白っぽい長袖のワンピース。髪の毛は緑や茶色の混ざり合う、どこか植物を思わせるような色だった。


ラザ「あれは誰?」

モノ「さぁ。私も知らない」


珍しくモノも相手のことを知らないみたいだった。そういえば今まで出会ったのはモノの知っている者達ばかりで、モノの案内で出会っていた。こうやって偶然に出会った者だからモノも知らないんだろうか。
それならモノを頼ることはできない。


ラザ「ねえ、君、さっきこっちのこと見てなかった?」

???「……はい……」

モノ「お前は誰だ? 私はモノ。こっちはラザだ」

???「私は……『小さな畏敬と大きな帰着』 “大樹” レテと言います」


レテと名乗った少女は顔を上げ、こちらへ向きなおった。
その顔は何か悲しい、そう感じさせる雰囲気をまとっていた。


レテ「さっきはすみません……。なにやら気配がしたので人間が来たのかと……」

ラザ「そうだったんだ。僕らは人間じゃないよ」

レテ「ええ……。見て分かりました」

モノ「人間ね……。もし人間だったらどうしたんだ? お前、その木だな? 人間に切られたのか?」


モノは人間と聞いて過敏に反応した。
本人に自覚があるかどうかは分からない。


レテ「……私はこの木、そのものとは少し違います。私は人間から生まれた者。木と人間を繋ぐ気持ちから生まれました」

モノ「なるほどな。そういう存在はあの時以降、沢山生まれた。数多くの人間に影響を与えた者しか私は覚えてないけど」

ラザ「だから知らなかったんだね。そっか……レテはこの場所に住んでいた人間達からだけ、生まれたんだ」

レテ「その通りです……。ですからこの土地から離れることができないんです。ずっとここにいました」


レテは心なしか遠い目をしてそう自分のことについて語った。
彼女が人間についてどういう感情を抱いているのか、今は分からない。


モノ「……でもそれもいいじゃないか。ここには人間はいないんだし、危害を加えられる心配もない」


モノがそう言うと、レテはこちらへと視線を落とした。その目には先ほどとは少し違う、何かの意志を感じた。


レテ「何か勘違いしているようですが、これは人間に切られたのではないのですよ。私が自分で切ったのです。この木さえなくなれば、私は消えるんじゃないかって……」

ラザ「え……」

モノ「…………」


僕は言葉を失った。モノも同じだった。


レテ「でも消えませんでした。いつまで私はこんな所にいなくてはならないんでしょうか。教えてくれませんか?」


そう聞いたレテはしかし、もうこっちを見てはいなかった。その言葉は誰にかけられたものだったのか。


ラザ「……でもどうして消えたいなんて思ったの…?」

レテ「人間に会えないからです」

モノ「……どういうことだ」

レテ「この木はいつからか、人間からこの神社の御神木として扱われるようになりました。最初はこの木もその事には興味がありませんでした。長い命を終えるまでのひとつの出来事、そう思っていたのです。でも毎日毎日人間はこの木に願いや想い、色々な感情を届けました。この木はいつからかその小さな存在を愛おしく思い、その心を知るのが楽しみになっていったのです」


そう語るレテの顔はこちらからは見えなかったけど、その声には一言では言い表せないような感情が込められていた。


レテ「だからある日、私がこうやって生まれたとき、私はとても嬉しかった。私からも人間に気持ちを、想いを伝えられると。そう思ったんです。でも人間はすでにここには来なくなっていました。何で? どうしてなんですか?」

モノ「……きっと、安全な場所に移動したんだよ。ここから一番近いのは隣の山の集落だ」

レテ「……そうですか。そうなのでしょうね。でも私はここから動けません。もうきっと人間はここへは来ない。私はもう耐えられないと思って木を切ったのです。でも消えなかった」


僕らはもう何も言えなかった。
でもこのままレテがずっとここにいるのはかわいそうだ。
それだけは言える。


ラザ「隣の山の集落へ行って、僕らが人間を呼んできてあげるよ。それでレテは寂しくないでしょ?」

レテ「……ありがとう、あなた。でも人間はきっと来ません。何と言ってここへ呼ぶのですか? 私を知っている人間はもう生きていませんよ。その子や孫に、あの神社の御神木のところへ行ってあげてと?」

ラザ「…!」

モノ「……そんな言い方は……」

ラザ「いや、いいんだ。でも僕はやってみる。僕は自分で歩いて、自分で行動できるんだから」


僕はもう決めていた。
たとえレテの言った通りだったとしても。


レテ「…………」

モノ「……付き合う」

モノはバツが悪そうに僕にそう言った。
どういう心境の変化だろうか。人間のことはあんなに嫌っていたのに。

ラザ「うん。ありがとう。じゃあ、レテ、僕らは行くね」

レテ「……気持ちだけでも私は十分嬉しいのです。ありがとう。さようなら。ごめんなさい」


レテは最初に見たときのように膝を抱えて座り、動かなくなった。
僕らもそれをじっと見ているようなことはできなかった。
来た道を戻り、モノの案内で隣の山の集落を目指す。


ラザ「ごめんね、モノ。遠回りになっちゃって」

モノ「ううん。時間はたっぷりあるし、今回は私もこうしてみたいと思ってる」

ラザ「え? 本当にどうしたの? モノ」

モノ「…………」


モノは何かを考えていた。
僕にはやっぱりモノの気持ちはよく分からない。
僕とモノの間にあるのは、理論や証拠に基づいた関係じゃなかった。だから時々心配になることもある。モノがどうして僕のために行動してくれているのか。
でも僕はモノとの間にそれ以上の絆も感じていた。理屈じゃない。ずっと一緒にいたんだ。そんな気がするから。


ラザ「行こう」

モノ「うん」


僕らは歩き出した。







巨大な木が横たわり、森が開けたその空間からは空が見えた。
今日もその空を見上げるレテは、何かに気づいた。


レテ「…?」


生い茂った木々を抜け、崩れた社を回り、鳥居の下をくぐる影を見つける。
そこには山歩きのためにしっかりとした服装をした数人の男女、昔何度も見た、この地方独特のお供え物を持っている。


レテ「なぜ……なぜ来たのです……ここへ」

男「ここのことは親父達の世代から何度も聞いてました。ずっと気にかけてたんですが、来るのが遅れて申し訳ありません。お許しください」





それからその集落では年に一度、その神社跡の倒れた御神木を奉る祭が行われるようになった。三日三晩かけて山を降り、登り、人間の帰るべき場所である自然を敬い、恐れる。そうやって人間とその大樹は、自分の在り方を確認するのだった。レテは今日もその日を楽しみに待ちながら、様々な色の混じりあう空を眺めている。

(書いた人: )

3 Comments

  1. KOH |

    絵がすげぇな…!
    牧歌的なBGMと岸に着くまでの話の雰囲気が合ってて良かった。

    流れるような静かな雰囲気が魅力でもあるんだけど、淡々としすぎてて後読感が薄いというか、多分やりたいであろう『世界の秘密が徐々に明かされる』ワクワク感がまだ少し弱いように感じる。

    ラストもいいんだけど、そこの前の会話でラザのモノに対する気持ちを書くより、なぜ集落へ行こうと思ったのか、その目的とか気持ちをもうちょっと掘り下げて書いた方が繋がるんじゃないかなーと思った。登場人物の心情描写が少ないから何を目的として、どういう理由で動いてるのかが分からなすぎるのかな。

    見当外れのコメントだったらごめん。凄い難しいテーマで書いてるから色々悩むこともあるだろうけど、でも一番はこうやって書き続けてるのが凄いと思う!次も待ってます!

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  2. 毛糸 |

    >>KOH
    とても参考になります! 本当にありがたいです
    淡々はどうにかしたいと思っているんですがどうにもなってないですね
    エンターテイメントとして書いている以上、そういう点で工夫しなければいけないとは思っているんですがなかなか難しいです
    自分が何を書きたいかっていうのもあんまり良く分かってなかったりもしますし

    あ、脱駄サイクルは大事ですから、もっと自信を持って批判してくださいw

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  3. アロルノ |

    うん、絵がすごく良い…!何ていうか色使いとか本当上手いよね、次も期待してる…!

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