「よく『カメラは真実を映す』というが、あれは嘘だと思うのだよ」
「……はぁ」
放課後の部室。今ではその本来の目的ではほぼ使われていない暗室からひょっこり顔を出した先輩は、唐突に切り出した。
「今日は色温度の話をしてやろう」
「ありがとうございます?」
ふむ、となんだか得意気に先輩は頷いた。こちらとしてはあまりにも突然過ぎて一体何の話なのか分からないのだが、先輩はいつも大体こんな感じなので深く考えないようにした。
「よし、じゃあ暗室に入ってきたまえ」
部室に荷物を置いて暗室へ入る。暗室にはたくさんの薬剤やフィルム……なんてものは無く、1台のPCがあるだけ。我が校の写真部も完全デジタル化しているのである。その前に、白衣を着たちびっこい先輩が立っていた。
「イスに座るといい」
先輩に促されるまま、固い丸イスに座る。暗室は1~2畳くらいの広さしか無いので当然先輩は立つことになるのだが、当の本人は全く気にしていない様子だ。
PC画面にはレタッチソフトが開かれていた。
「どうも色がしっくりこなくてなぁ」
後ろで先輩が腕を組んで唸った。レタッチとは取り込んだ写真データを加工・修正する作業のことである。フィルム時代のそういう修正作業もレタッチというらしいが、今では専らデジタル処理のことを指すようである。
ことデジイチ、デジタル一眼レフカメラの場合、大体が撮像素子が受け取った情報をそのままにしたRAWというデータ撮影が可能なため、最近では僕のような素人でも簡単にレタッチ出来るようにはなっている。……上手くやれるかは別として。
「そうそう、色温度の話だったな」
「いえいえ、さも僕からお願いしたように言いますけど先輩が言い出したんですから」
「ははは、まぁ気にするな。ん、ではまず色温度という言葉は分かるか?」
「なんとなくは」
「そうか。色温度とは光の色組成を絶対温度で表したものだ。ちなみに単位はK、ケルビンで表される」
「それはまぁ、なんとなく聞いたことはありますけど、具体的に数値がどうなればこうなる、っていうのが分からないんですが」
「では例を出そう。日中、この場合10時~14時くらいとしよう。するとこの時の色温度は大体5000K~5500Kくらいとなる。もちろん晴れてる場合だ。あ、あと面倒だから下に箇条書きするぞ」
・曇天→5500K~6000K
・部屋の中など、白色蛍光灯→4300K
・白熱球→3200K
・青ければ数値は高く、赤ければ数値は低い
「おおまかに言えばこんな感じだ」
「……はぁ。で、これがどう関係してくるんですか?」
「うーん、そうだな。これは実際に見た方が早いかもしれないな。今開いてるソフトのその右側のバーをちょっといじってみろ」
「これですか?」
「ちがうそれは明るさだ」
「こっち……?」
「それはコントラストだ……あーもう、貸せ!」
そう言うと先輩は僕の体に覆いかぶさるようにして、手をマウスを持つ僕の手の上に重ねてきた。あぁ、言葉は乱暴で性格もなんだかよく分からないけど、こうして近くに来られるとやっぱり女の人なんだと感じる。いい匂いなのだ。
「……すまん。バーじゃなかった」
「えー」
「これだ、このホワイトバランスが大事なんだ」
僕の手を握ったまま、先輩は操作を進めていく。
「カメラ側にもWBとかホワイトバランスって項目があるだろ? あれは要するにカメラ側の色温度を調整してやってるんだ。ただJPGとして撮ってしまえば後から調整は出来ないが、RAWで撮ればほらこの通り」
「おお、自由に変えられる、ってわけですね」
「その通り。プリセットの曇りとか晴天とかで合うのを探してもいいが、一番なのはやっぱり色温度を自分で調整することだな。というわけでいじってみよう」
「一番上が2500K、真ん中が適正の5200K、下が10000Kの状態で現像(RAW→JPGにすること)したものだ」
「わー、こんなに変わるんですねぇ」
「凄いよなぁ。っていやそうじゃないだろ。もっとこう、建設的な意見をだな」
先輩がぐっと顔を近づけて来る。本人としては至って真面目に話を聞こうとしてるのだろうが、こちらとしては気がきでない。
「えと、そうですね……つまり設定した色温度が高いほど赤く見えて、低いほど青く見える、ってことですか?」
「そうと言えばそうなんだが、それは正しい理解ではないな。大事なのはこちら側の色温度の設定と、撮る対象の色温度の差でこういう色味になる、ということなのだ」
「???」
「白熱灯の部屋で普通に写真を撮ると赤いだろう? でもこの時カメラ側のホワイトバランスを3200K、つまり白熱灯と同じ色温度に設定したとする。じゃあこの場合、色味はどうなる?」
「低いから……青っぽい?」
「はぁ……そうじゃない。正しくは白っぽくなる、だ。いいか、色温度が合うというのはその時のメインの光を白として認識させる、ということなんだ」
「あー、つまり上の写真で言うと、青空とか青いモノを撮るための10000Kという数値では、青いモノを白に近づけるために赤味が強くなる、だから元々が5200Kくらいのモノだから赤くなったっていうことですか」
「そういうことだな! なんだ、理解が早いじゃないか!」
先輩は嬉しそうに僕の背中をバシバシと叩いた。僕としてはそこら辺はどうでもよく、それよりやっと先輩の熱視線と体温から離れたことによって心臓が落ち着けるな、と思った。
そんな僕の心を読み取ったのだろうか。先輩は叩く手を止め、マジマジと僕の顔を見てニヤニヤしながらこう言った。
「おやおや、君の顔、色温度が下がっているようだけど、どうしたのかなぁ?」
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違う!こんなカメラ知識ドヤァな話を書きたかったわけじゃないんだ!
最後の顔の色温度のくだりだけやりたかったのに!
もうSSばっかり書いてたから地の文混じると変な感じになっちゃいますね。
大人しく比叡のSS書いてれば良かった…
というわけで次回の週替りは家族テーマでナリマサさんの更新になります!以上代打でしたー
やっぱ自分のやりたい本職だけあって情報量が多いですね!
知識欲が刺激されて俺は好きです。
なんかワクワクする。
やりたい本職かはさておき、知っていることだから書ける量は多いよね。
まぁこんな世界もあるんだーっていう参考にしていただければ幸いだわ
いやこれ好きですよ。難しい話をストーリー仕立てにして話す、
ナリマサ先生のほのぼの事務所ライフと近いにほひを感じました!
ただ、純粋に最後のくだりがやりたかったSSなのだとすると
専門的知識が多すぎる気はしますね。比重的にカメラの話がメイン、
最後のオチはちょっとしたオマケ程度な印象を受けました。
あと序盤、先輩の性別がわからなくて┌(┌^o^)┐かとw
まさか…いやKOHさんに限ってまさかそんなわけは…とか思ってましたw
白衣を着た堅物の先輩と僕のシリーズモノにしよう、というちょっとした野望があったんだけど、どうしても色温度って何だよの部分が強すぎてアウアウアーと思いながら書いたw
やっぱりバランスが難しいねー。あまり知識をひけらかすようなのは好きじゃないから次書く時はもっと気をつけることにする。
先輩の性別は確かに、あんまり明確に書くのもどうかなーって、でも分かりにくいよなぁって自覚はしてたw 女の子なので安心してください!