紗季のほのぼの事務所ライフ ~キャラ創りコラム:感情移入の傾向~

BY IN 小説, 週代わり企画 2 COMMENTS

ある日の昼下がり、駅から程近い繁華街のオフィスビルにて――

「『依頼者のご主人が問題の人物と写っている写真を数点同封します。』……これでよし、っと」

ボールペンをノックする軽い音と同時にゆっくりと息を吐きながら、わたしは椅子の背もたれによりかかった。
この事務所にはパソコンやプリンターが無いわけではないが、調査報告書は手書きで記入することもけっこう多い。
「手書きの文面だと書いた人の気持ちがよく伝わる」という考え方は何となく理解できるので、わたしは手書きの報告書は嫌いじゃない。
こうして長い時間デスクに向き合う作業をした後の目や肩の疲れまではさすがに好きになれないけどね。
一息ついたところで、骨をくわえた犬のイラストが描かれたお気に入りのマグカップに口をつけると、作業前に淹れた紅茶はほとんど残っていなかった。

紅茶を淹れ直すために席を立とうとしたら、別のデスクに座っていた探偵さんと目が合った。
何やら本を読んでいるみたいだけど、ブックカバーが掛かっていて本のタイトルまでは分からない。
この人が報告書の作成をわたしに任せて他のことをしているのは慣れっこなのでわたしもそのことを怒ったりはしない。
というか、怒っても何だかんだ理由をつけてのらりくらりと回避されるのが目に見えている。
我がことながら、なんだか喜べない慣れだなぁ……

「なに読んでるんですか、探偵さん?」

「あぁ、これかい? これは小説のキャラクターの創り方についての本だよ」

探偵さんがブックカバーを外して表紙をこちらに見せてくれた。

「まさか……小説家になろうとか思ってるんじゃ……?」

「はっはっは、それは無い無い。キャラクターの創り方を知ることで事件に関わる人々の心理なんかを知るヒントになるかもしれないだろう?」

「うーん、そういうものなんですかね?」

この人にしてはまともな主張だ。この前は「世界の名峰100選」とか「徹底解析!新世代グループアイドル!」とか読んでたのに。

「せっかく面白いことが書いてある本だからね。この僕が特別に内容を解説してあげよう。何かの間違いで紗季ちゃんが将来作家になるかもしれないし」

「“何かの間違い”ってなんですか、失礼な! まぁ、作家志望なわけじゃないですけど……」

「でも、キャラクター創りの話はちょっと興味あるんじゃないかな? どうだい、少し僕の話に付き合ってみないかい?」

「今日の分のお仕事はもう残ってないですしね。ちょっと面白そうだし聞いてあげます」

「ふっふっふっ、そうこなくては。 これを聞けば紗季ちゃんも凄腕のプロファイラーになれるかもしれないぞ」

「はいはい。それじゃあ、話を聞く前に飲み物入れてきますね」

探偵さんはコーヒーで良いですよね? 紗季は鑑の返事を待たずにキッチンの中へ入っていった――



              ********************


二人はテーブルを挟んで向かい合う形で事務所のソファーに腰を下ろした。お互いのカップから立ち上った湯気が天井近くで絡み合う。

「さてさて、はじめは『魅力的なキャラクターを生み出す方法』について話していこうかな」

「魅力的なキャラクターですか……」

カップに口をつけながら鑑は思案顔の紗季を面白そうに眺めている。

「うん。どんな作品でも構わないんだけど……紗季ちゃんは漫画とか小説は普段から結構読む方かな?」

「まわりの友達と比べると多い方かどうかは分からないけど、読む方だと思います」

「なるほど、なるほど。では、ここで紗季ちゃんにひとつ質問。紗季ちゃんは複数のキャラクターが出てくるストーリーを読む時に主人公と脇役、どっちの視点で話を楽しんでると思う?

「えっと……どっちだろう? 作品によって違うような気がするし……」

ちょっと困った様子で咄嗟に答えられない紗季に鑑は続けて切り出した。

「では具体的な例を出そうか。先日、月9のドラマになった『迷騒インプロヴィゼーション』は紗季ちゃんも見てるよね?」

「えぇ。原作のコミックスも読んでますよ」

「あの作品は「ある市が主催する吹奏楽団に所属する者たちの恋愛や人間模様」を描いた作品だけど、あの作品の中でなら、主人公の男性チェリストとヒロインのピアニスト、紗季ちゃんはどっちに感情移入してたかな?」

「うーん……わたしはヒロインの女の子に感情移入してましたね。ヒロインがチェリストの男性に想いを寄せる場面では一緒にドキドキしたりしていました」

「うんうん、やっぱりね。僕の方はあの作品では男性チェリストの方に自分を投影して見ていたよ。
この違いが今回話したいテーマ『読者によって異なる、感情移入する対象の傾向』なんだ。
感情移入する対象がどのキャラクターになるかは男女でそれぞれ傾向があって、男性は主人公に感情移入する場合が多く、女性は脇役に感情移入する場合が多いんだ。
この傾向を知ることは“男性に対して受けが良いキャラ”、“女性に対して受けが良いキャラ”を考える時などに役立つね。
例えば“萌えキャラ”は男性には受けるが女性には受けない場合が多い。逆に“ダメ男”は女性には受けることがあっても男性に受ける場合は少ない。
これは男女それぞれが感情移入する対象の傾向が異なることに起因しているんだ。あくまで“傾向がある”なので例外もあるけどね。
いずれにしても、この傾向を知ることでターゲット層をある程度絞ったり、感情移入する対象や感情移入のさせ方をある程度コントロールできるかもしれないね」

「つまり、読み手のターゲット層が分かれば、それに合わせたキャラ創りもある程度分かるってことですね!」

「その通り。僕や紗季ちゃんも見る人によってどっちの方に魅力を感じるかは異なるってわけさ」

得意気に鼻を鳴らしながら鑑は再びカップに口をつけてゆっくりとコーヒーを味わい始めた――

(書いた人: )

2 Comments

  1. トミー |

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    >>迷騒インプロヴィゼーション
    そんなドラマあったのかーと思ってググってしまったwww
    本の内容を更に自分なりに噛み砕いて自分のキャラに言わせるのはグッドですな。もっと長く読みたくなるぜ!次も期待してるよ!

    返信
  2. ナリマサ |

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    >トミー
    コメありです。
    『迷騒インプロヴィゼーション』は超・創・作!
    紹介するネタ自体はまだあるので、好評なら定期的に書いていきたいっすね。
    実は本題に入るまでの導入部分を書くのに結構な時間かかってたというw

    返信

コメントする