紗季のほのぼの事務所ライフ ~キャラ創りコラム:現代が舞台の時はどうする?~

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降り続く雪が道行く人々の雑踏を吸い込んでいく。
この一年もいよいよ終わりに差し掛かり、通りに立ち並ぶ店はどこも年末年始に向けていつも以上の活気に満ちている。
そんな繁華街の中のビル群に紛れるように建つ、小さなオフィスビルの一室にて――

「……9月分の書類はこれで全部、と。よし、次は10月……」

「『S市中央区での調査報告について、物証(2)』、画像データは――」

静かな事務所の中、探偵さんがパラパラと書類をめくってファイルを整理する音と、わたしがキーボードをタイプする音が響く。
鑑探偵事務所はただいま書類及びデータ整理の真っ只中である。
ここでアルバイトを始めて結構な月日が流れたけど、年末にこれだけの書類を整理することになるとは正直ちょっと想像できなかった。
春先の頃は事務所のデスクで鳴らない電話をボーっと眺める日も多くて、この事務所の今後が非常に心配される感じだったのになぁ。
春の『篠崎邸の遺産探し』の一件に始まり、そこから少しずつではあるけど依頼が増えてきて、夏にあった『謎の連続強盗事件』への捜査協力など
大きな事件に当たった影響はなんだかんだで大きかったみたいだ。

「紗季ちゃん、そっちに10月20日に受けた素行調査のファイルはあるかい?」

「ちょっと待って下さいね……。えーと、10月20日の分は…………あっ、ありましたよ」

はい、どうぞ、と探偵さんにファイルを渡してわたしも再び手元の作業に戻る。
最近は大きな事件にも特に当たっていないけど、こうしてファイルの整理をしていると細かい依頼も含めればそれなりの数の依頼をこなしてきたことが分かる。
まだまだ、安定した軌道とは言えないのかもしれない。それでも着実に前進してることが実感できるのはやっぱり嬉しいものだ。
ちょっと変わった人だけど、探偵さんもそれに関してはきっと同じように感じてると思う。

「10月分、終了…………ふぅ、肩が凝ってきたな。作業はまだまだ掛かりそうだし、ちょっと休憩しようか?」

「はい、わたしもちょっと目がしょぼしょぼしてきました……」

瞼の上を手で軽く揉みほぐすようにして答える。

「そういえば、今日は駅前のお菓子屋さんでおいしいワッフル買ってきてるんですよ」

「おっ、それは楽しみだね。疲れた時にはやはり甘いものが良い」

探偵さんが来客用のソファーの前のテーブルに乱雑に積み重ねられた書類を片付け始める。

「わたしは飲み物用意してきますね。探偵さんはコーヒーと紅茶、どっちにします? 今日のわたしのオススメは紅茶ですけど」

「ふむ。なら、紗季ちゃんのオススメでお願いするよ」

鑑の返事を聞き終えると、紗季はキッチンの棚からアールグレイの茶葉を取り出し、慣れた手つきで紅茶を淹れる準備を始めた――



***********************

「さてさて、今回は『物語の世界観と登場人物の関係の別な側面』についてお話ししよう」

紗季が綺麗なキツネ色に焼けたワッフルを一口かじってから鑑に視線を向ける。

「前回は物語の世界観とその世界の中で生きる登場人物の感覚や行動原理の差異について話したね」

「はい。現代に生きているわたし達と架空のファンタジー世界の住人とでは常識が異なる、っていう話とかでしたよね?」

「うんうん。ちゃんと話を覚えてくれていて嬉しいよ。別な知人にこの話をしようとしたら全然聞こうとすらしてくれなくてねぇ……
あの人は昔からちゃんと他人の話しを聞かないところが――おっと、話が逸れるところだった。ごめんごめん」

一瞬、遠い目をしていた鑑だったが、すぐに話しの流れを元に戻す。

「紗季ちゃんが覚えている通り、前回は主に架空の世界や過去が舞台の時における話をしてきたわけだけど、今回は現代における世界観設定の話をしよう」

鑑がまだ熱いティーカップをソーサーの上に静かに置いた。

「架空の世界や過去が舞台の場合はその世界における常識などが存在するわけだから、その世界の登場人物を取り巻く環境も非常に独特なものが形成され、
個性的な設定や魅力を生み出しやすいってことは紗季ちゃんにもすぐに想像できると思うんだ」

ふんふんと紗季が相づちを打つ。

「では、現代の我々が今日生きている世界、あるいは現代に近い過去や未来の場合はどうだろう?」

「うーん……登場人物を取り巻く環境はわたし達と同じなんだから、感覚や常識はわたし達のものがそのまま生かせますよね?
ただ、個性的だったり独特な世界観を生み出そうと考えると、ファンタジーやSFが舞台の話しよりもスゴく難しい感じがします。
わたし達が暮らす日常でそんなにインパクトの強い要素ってたくさんは無いですし……」

「そうだね。世界の背景などを生かした人物及び世界観は要素としてはちょっと弱い。そうなると、物語ごとに個性を出していくのはなかなか困難な作業になってくる
そこで重要な要素になってくるのが『作中の登場人物が持つ思想や人生観』なんだ」

「思想や人生観、ですか……」

「うん。分かりにくいと思うので、例を挙げると『頂点を見た先にあるもの』とか『受け継がれる命』、『失われることのない愛はあるのか?』
といった、要するに作品のテーマのようなものだね。これがしっかり考えてあると作品中の登場人物も魅力的なものになってくる。
極端な話だけど、政治的な思想や目的がしっかり練り込まれていれば、例え主人公がテロリストだったとしても魅力的な作品になるだろう」

「なるほど。今のお話を聞いていて思ったんですけど、それって新しい作品のキャラクターを考える時にも使えるんじゃないですか?
人生観や思想が決まればキャラクターの設定や性格も上手く決まりそうな感じがします」

「良い所に気づいたね。もちろんそういう側面があって、それは既存の作品に登場する登場人物達を見てもらえば分かってもらえると思う。
『純粋さ』『ひたすらに高みを目指す』『秩序』『平穏』『復讐』など、人間の思想や人生観を構成する要素は様々だからね。
それを上手く生かせれば、たとえ現代が舞台だったとしても魅力的な世界観を構築できる可能性があるってことさ」

「ふむふむ。わたし達のまわりにも色々な考え方の人が居ますからね。それと似たような形ってことですね」

「そうやって新たな世界観や登場人物を創造するのが醍醐味とも言えるだろうね」

「実際に考えてみると難しいだろうけど、それだけ楽しそうな作業でもありそうですね、確かに」

「うんうん。さて、話も良い感じに一区切りついたし、そろそろ僕らの作業に戻ろうか?」

「はい。こっちもなかなか大変な作業になりそうですね。よしっ、後半戦も頑張るぞー」

紅茶とワッフルの甘い香りが仄かに残る部屋の中、再びキーボードの音と紙のめくれる音が鳴り始める。
いつの間にか通りの雪は止み、暖かな日差しが雪路に続く無数の足跡を照らしていた。

(書いた人: )

2 Comments

  1. 毛糸 |

    やっぱキャラクター難しいですよねぇ…
    人間の多様性より一貫性の方に興味があるので苦手意識が

    あとそろそろ新しいブログにアップし始めた方がいいのかな?
    落ち着いたらお引越ししたいですね

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  2. ナリマサ |

    書き手によって作風とかって違うからねぇ。
    テーマとか何を重視するかもその人次第だしなぁ。
    色々模索する作業自体はやってて楽しんだけどね(;´∀`)

    新ブログの方は落ち着いてからトミー氏に説明等を聞いてお引越しの形になるでしょうなぁ(´ω`)

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