「頑張り」

BY IN 小説 0



夕焼けに染まる山並みを、トランペットを吹きながら眺めるのが好きだ。
屋上でたった一人。
お世辞にも上手いとは言えない音だけど、思いっきり吹くと心がすっとする。

「あれ、先客がいる」

そんな私のホームに、突然の来客。
見たところ運動部っぽい、背の高い男の人が立っていた。



「こんなとこでも練習してんだ、吹奏楽部」

えぇとかあぁとか声にもならない返事をして、私は戸惑っていた。
何しろここは自分の城。
他者が入ってくるなど想像していなかった。

「えと、邪魔かな? 俺もちょっと練習したくて場所探してたんだ」

慌てている私を見かねたのか、彼はゆっくりと事情を説明してくれた。

――なんでも、怪我でレギュラーメンバーから外されてしまったらしい。
すぐに治ったものの、まだ本調子じゃないためこっそり特訓して華麗に復帰する。
それが彼の考えだそうだ。

だから場所を貸してくれないか。

……貸すも何も、ここは元々学校のものであって私のものではない。
その日から私と彼の秘密の特訓が始まった。

とは言っても特に色めく青春物語などは存在しない。
私は下手なトランペットを、いつもより少し遠慮して吹き、
彼は何だかよくわからないステップなり筋トレをする。
会話らしい会話はない。
けれども、何かを目指して頑張っている人間が横にいるということは
私にとって刺激的で、同時に眩しくもあった。

そんな日々が続いたある日のこと。
ボールを動かしていた手を止めて彼が言った。

「明日練習試合があってさ。そこで鮮烈デビュー、いや復帰するから」

「見に来てくれないか?」

はぁ、と私は気の抜けた返事をした。

「なんつーか……2週間共にした仲間というか? 知らない仲じゃないんだし。
そっちの方が心強い気がして。あ、でも吹部も忙しいか。大会、近いんだろ?
クラスのヤツが言ってた」

そんなことをいきなり言われても。
突然の出来事にしどろもどろになってる私を見かねて、彼は優しく
気が向いたらでいいから、と言って屋上から去っていった。

次の日。体育館に彼の姿を見に行った。
そこには屋上で辛そうにしている表情とは違う
辛そうではあるけれども生き生きした、きっと彼本来の顔があった。

得点を決める。何度も、何度も。
言っていた通り、まさしく華麗に復帰したようだ。
その眩しさに、思わず私は目を細めていた。

試合後、私の姿を見つけた彼が駆け寄ってきた。

「応援サンキュー! 俺も頑張って結果を出せたから……
きっと俺より頑張ってる君ならレギュラーなれるよ! 頑張って!」

――夕焼けが好きだ。空には美しい紺色から赤橙色のグラデーション。
そして真昼の太陽と違って眩しくない太陽。

吹部では2軍なんてものじゃない。ただ楽器を借りているだけの存在。
レギュラーなんて。頑張ってるなんて。そんなことはありえないのだ。

川面に反射した夕陽がキラキラと姿を変える。キレイだ。
……ぼんやりと、今日も私は川辺で口笛を吹く。

(書いた人: )

コメントする