長月の快然たる鎮守府生活 05 ~昼の部~

BY IN 小説, 艦これ 0


 ――とある鎮守府、艦隊司令官室

提督「…………」

毎週水曜日に行われる鎮守府施設一斉点検。この時間は既に建造中や入渠中の艦娘、遠征中の艦娘を除き全ての艦娘の作戦行動が停止される。
もちろん秘書艦もその例外ではなく、いつもであれば司令官室で雑務についている長月の姿も今は見えない。この時間は艦娘にとってはある種の『休暇』とも言える自由時間となっており、各々が思い思いに過ごすのであった。

提督「よし」

提督にとってもこの時間は自由に使える時間となっており、普段は時間ギリギリまで自室で休憩したり作戦を練っていることが多い。
しかし今日は違った。意を決したように立ち上がった提督は服装表情共に、普段どこからともなくあふれ出すダラっとした雰囲気を感じさせない。


 ――「ヒトナナマルマル 一斉点検終了の時間です」





 ガチャ…

長月「フンフーン……恋のトゥー・フォー……ってうわぁ! 司令官!?」

点検終了の時報とほぼ同時に長月が司令官室へ入ってきた。
長月はこの部屋へ入る時はいつも必ずノックをする。提督の方針もあり、慣れてくるとノックをしなくなる艦娘がほとんどの中(一部最初からする気がない艦娘もいた)、長月は律儀にそれを守っていたのだが……

長月「し、失礼したっ! しましたっ! 司令官!」

提督「いやいやいいって。俺は前からいいって言ってるんだし」

長月「いや、こういうのはけじめだ。ふぅ……まぁ司令官がこんなことで怒らないことも知ってるけどな。しかしどうしたんだ? こんな早くに」

提督「今日は大事な日なんでな」

長月はいつもと違う提督の様子や言動に違和感を感じているようだったが、その表情が真剣であったためか、すぐにそれ以上突っ込んで聞いてくることはなかった。

提督「早速だがこれからの予定を教えてくれ」

長月「あ、ああ。まず第二、第三、第四艦隊が遠征から帰投している。成果は360,450,360,795。今から補給行動に入る」

提督「分かった。今日は特別の作戦行動を行うからその後工廠へ行ってくれ」

長月「……了解した」

多くを語ろうとしない提督を見て、長月もまた多くを聞かないことに決めたようだった。
てきぱきと書類をまとめ、長月は司令官室から出て行った。




 ―――――




昼の工廠は比較的静かだ。建造中の船もなく、妖精達の楽しそうな笑い声や設備の音などが不規則に聞こえてくるだけである。
長月が工廠へ着くと、既に提督が装備リストをチェックしているところだった。

長月「装備か? だいぶ増えたな」

提督「ああ。着任した時からは考えられないな」

長月「これを見ると色々思い出すよ。ほら、覚えてるか? 流星改を最初に開発した時なんか……」

提督「加賀さんに抱きつこうとして殴られたな。長月に」

長月「あの時は私もまだ青かった。今なら足払いから逆エビでアザが残らないようにするぞ?」

提督「……成長したな」

長月「まあな。それで、何をするんだ?」

提督「ああ、このチェックした分を廃棄してくれ」

提督は鉛筆で幾重にもチェックが入ったリストを長月に渡した。
不要な装備だけでなく、必要な装備も個数を吟味して細かく指定してある。

長月「……分かった。7分で終わる」

長月はまた何か感じたようだったが、何も言わなかった。





 ―――――





長月「それでなぜこのメンバーなんだ?」

提督「腕慣らしさ」

長月と提督は演習場へ来ていた。
まだ演習まで少し時間があるので、第一艦隊に配置された加賀、金剛、北上、木曾、大井はそれぞれ思い思いに時間をつぶしている。
今日はいつものように育成枠のメンバーではなく、司令官の指示で主力メンバーが集まっていた。その異質さを感じ取ってか、艦隊メンバーも落ち着かない雰囲気を発しているように見える。

長月「私が旗艦か……もう経験値は必要ないが……」

長月が言いづらそうに提督に申し出る。
しかしそれを聞いた提督は迷わずに答えた。

提督「いいんだ。旗艦としての役目をしっかり頼む」

長月「……了解した」

真っ直ぐに自分を見つめて話す提督を見て、長月は少し恥ずかしそうに視線をそらして答えた。





 ―――――





 ――オリョール海

他の海域より比較的穏やかな波の音が艦隊を包み、規則正しい艦隊行動の音と心地よい和音を作り出している。

普段は潜水艦娘による攻略がメインである海域であるが、今日は先の演習からメンバーを変えずに出撃した。
当然危なげなく攻略を終え、第一艦隊は帰路に着く。

金剛「ヘイナガツキー! それでどうなの? どうなのデス? もう来ました?」

長月「は? 何がだ?」

鎮守府への帰路、頬を上気させて興奮気味の金剛が長月にそう声をかけた。
きょとんとした後に怪訝な表情で聞き返す長月を見て、金剛が表情を歪める。

金剛「ハァ? 何ってそりゃー……まさかあの噂、聞いてないのデース?」

長月「噂?」

知らない、という表情の長月を見て一瞬歪んだ表情のままでフリーズする金剛であったが、すぐに呆れたような顔に変わる。

金剛「あーあ! これが本妻のヨユーってヤツなのネー。見せ付けてくれちゃってもうネーいやネー」

金剛の口調は表情が変わるのに合わせて拗ねたようなものに変わっていたが、その目には複雑な感情がいくつか同居しているようだった。

長月「だから何だ? 噂……そういえば皐月たちが何かコソコソと話していた気がするが……」

金剛「知ーらないデスよー。せいぜい楽しみにしてることですネーだ!」

そう捨てゼリフを吐くと金剛は隊列後方に戻っていった。長月がそれを目で追うと、加賀と北上とも目が合う。
二人とも生暖かい表情でニコニコと手を振ってきた。加賀の表情筋は全く動いていなかったが、それでも生暖かさをひしひしと感じる。

長月「な、何なんだ一体……」




 ―――――




長月「司令官、今戻ったぞ。損害極めて軽微だ」

司令官室に戻った長月はすぐに提督にそう報告した。
いつもならばほとんどの時間を部屋の隅のコタツの中で過ごす提督であったが、今日は一度もコタツに入っていなかった。普段綺麗に掃除だけはされている執務机に腰掛け、長月の報告を聞いている。
提督は少し間を空けて、ゆっくりと話し出した。

提督「そうか、お疲れ様。オリョールはどうだった?」

長月「どうって……流石に懐かしかったよ。最初に攻略して以来だからな」

提督「そうだな。あの時はまだ正規空母もいなかったし」

長月「実際苦労したよ。まあそれからデイリーに組み込むまでの試行錯誤の方が思い出深いがな。悪い意味で」

提督「ぐ……返す言葉もない……」

長月「ま、今は随分余裕も出来たし、少しは……褒められるところもあるけどな」

長月は少し照れながらもそう提督を評価した。提督は少し頬を緩ませるが、すぐに真面目な表情に戻る。

提督「ありがとう、長月。長月も最初から頼りがいがあったけど、今はその何倍も頼れる存在になってるよ」

長月「ふっ、当然だ。司令官の見る目が養われたということだな」

長月はまだ少し頬を赤く染めたまま、やれやれといった笑顔を浮かべた。

提督「そうかも知れないな。……それでだな、長月に渡したいものがあるんだが……」

提督はずっと保ってきた真面目な表情を少し崩し、自然と伏せがちになりそうになる視線をなんとか真っ直ぐに保ちながら続けた。

提督「これは俺の気持ちであって、約束でもあるし…………その……あるので……あー! やっぱりダメだ!」

提督は目線をしっかりと長月に向け、最早保つのを諦めた表情を完全に崩し、ずっと考えてきたセリフを捨て、長月に近づいていった。

長月「な、何だ何だっ!?」

提督「受け取ってくれ!」

提督はいつから持っていたのか、小さな箱のようなものを長月に差し出した。
その大きさと形を見て、長月は怪訝な表情のまま、二人の時間は止まった。
その時間は実際には10秒にも満たない時間だったのかも知れないし、5分以上だったのかも知れない。それを正確に知る者はこの世にはいない。


長月「あっ……」

長月は沈黙を破る一声を発すると同時に、一瞬で耳の先まで顔を真っ赤に染めた。

長月「え……いやいや待て、ちょっとま…? これは……その……あの…!!」

提督は既に箱を差し出した姿勢のまま微動だにしない。
顔は床と平行のままで表情は長月からは見えなかったが、肩は小刻みに震えていた。

長月「…………あ、開けるぞ」

 パカ…

長月の予想通り、そこには二人の約束の証であるリングが入っていた。長月の頭の中では提督や他の艦娘達の今日の不審な行動が全て一つに繋がり、どうして気づかなかったのだろうかという疑問がぐるぐると回り続ける。それと同時にこれから自分がどうするべきか、いくつものパターンを構成しては消し構成しては消す。

長月「……う、あ…の……」

提督「け、ケッコンカッコカリ! して下さい!」

長月「っ!!! はいっ!」




 ―――――




その日は間宮で盛大な宴が催された。
結婚式でもなく披露宴でも婚約パーティーでもないその宴は特別な形式を持たず、簡単ながら皐月を中心とした睦月型による出し物が準備されていた。それが終わると宴はいつからともなくバカ騒ぎの宴会へと変わってゆき、空母と戦艦による飲み比べで大盛り上がりを見せるころには長月と提督も執務室へと戻っていた。

提督「皆楽しそうだったな」

長月「ああ」

二人はいつものようにコタツに入っていたが、今は書類に向き合うでもなく、ただ静かに入れたての熱いお茶を飲んでいる。
先ほどまで山のようなご馳走に舌鼓をうっていても、ここで飲むお茶の香り・渋み・手から口から感じる温度。それらが一番心を満たしてくれるように感じるのはなぜだろうか。

長月「……なあ司令官、ケッコンカッコカリって……何だ…?」

提督「……長月は何だと思う?」

長月「さぁ……分からないよ。私達は今、戦っている。明日死ぬのかもしれない。だからもしこれが司令官との婚約だったら、私は断っていたと思う。……きっと戦えなくなる。もし私が死んで、司令官が悲しんで、これからあるはずだった二人の幸せを失って……ん…あれ……」

提督は長月の瞳から一筋の涙がこぼれると同時にその身体を抱きしめた。長月は震えて途切れ途切れになった声を押し殺し、提督の胸に顔をうずめて泣いた。


 ………

提督「落ち着いたか?」

長月「……もうちょっと、このまま……」

提督「ああ。長月、がんばったな」

長月「…………」

提督の胸に顔をうずめた長月の表情は分からない。しかし提督の服を掴む手の力は何よりもその気持ちを伝えていた。

提督「俺はそんな長月を幸せにしたい。戦いが続いていても、明日死ぬかもしれなくても……そしてもし戦いが終わったとしても、それは変わらない。俺は長月を最高に幸せにしたい。それは俺のわがままだから、それを押し付けることで長月を傷つけるかも知れない。……甘えてるんだ、俺は。もう一度頼む、俺に長月を幸せにさせてくれ」

長月「……いいぞ」

提督「ありがとう、長月」

長月「……フフッ……司令官、幸せだよ、私は。きっと今が人生で一番……」

それを聞くと提督は焦った表情になり、胸にうずまっている長月の肩に手を置いて引き剥がし、顔を突き合わせた。

長月「えっ?」

提督「ダメだ! まだまだこれから楽しいことが沢山待ってるんだぞ? 今日は確かに最高に幸せだ。でも明日はもっと幸せになる! いや、俺がする!! なんたって『ケッコンカッコカリ』なんだからな!」

長月「……へぇ? ……じゃあ、どんな幸せにしてくれるんだ? 司令官?」

提督「えっ……うーんと……そうだ! 子供つくろう!」

長月「………ん、まぁまぁだな……ぁ…ん……」

提督は乾き始めた涙の跡を唇でなぞり、そのまま長月の唇をついばむ――

その頃間宮では大和と赤城の飲み比べという最終決戦が始まり、鎮守府は最高の盛り上がりを迎えたままゆっくりと夜を更かしていくのだった。

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