空の落ちた地球の旅 02

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第02話 『最初と原初の人と海』





僕の視点は空にあった。いや、空よりももっともっと上かも知れない。
そこから見下ろす地球はなんとなく小さく感じた。
そんなことをゆっくり感じる間もなく、視界が地球上のある一点にどんどん集中していく。視点が落ちていく。




巨大な軍艦。
木製の古風なつくりであるその船は、軍艦というよりはむしろ『海賊船』といったほうがしっくりくるだろうか。
その巨大な甲板に僕とモノは二人でポツンと立っていた。
船は静かに波にゆれ、赤と黒が蠢く空の下、暗い海の上を漂っている。

「散歩っていう割にはすぐ目的地に着いちゃうんだね」

モノ「今回は特別。海を漂う船なんて、まともに向かってたら一生着かない」

僕らはモノの力であの草原からここまで来た。
不思議な力だった。

「どうやったの?」

モノ「それは秘密」

モノは自分のことを話したがらない。
僕はモノのことをもっと知りたいと思っているのに。

モノ「ここに『侵略者』がいる。新たな地球の住人の中で最初に生まれた者」

???「何かの気配がすると思ったら、本当にこの船に誰か乗ってるじゃん!」

その時後から女の子の声が聞こえてきた。
その『侵略者』というやつだろうか。
僕らが振り向くと、そこにはやはり一人の女の子が立っていた。
背が高く、腰には剣を携え、皮や布で出来た鎧のような服を着ている。首の後ろで緩くまとめられた青い髪だけが鮮やかに映えていた。

モノ「お邪魔してる。私はモノ。こっちはラザ」

???「お、おぉ。あたしはグレス。『未知の外敵への恐怖』侵略者グレスだ。お前らは何だ? 人間……じゃないよな?」

モノ「散歩がてらにちょっと寄っただけ。あなたと話がしたくて」

グレス「あたしと話がしたいって? それでこの船に乗りこんだっての? ナハハハッ! お前ら変わってるな!」

グレスと名乗った『侵略者』は気持ちよく笑った。
とてもモノの話に出てきた者とは思えない。大量の人間を殺戮し、世界が変わっていくことになったきっかけ。

「君が人間をたくさん殺したっていうのは本当なの?」

グレス「ん? ああ、本当だよ」

グレスはそう答えた。表情の変化はなかったが、声には何かの感情が混ざっているように感じた。狂った殺人者というわけではなさそうだ。

「何でそんなことを…?」

グレス「まぁ、そういう決まりだからな。あたしは海沿いの大きな集落に『侵略』する。人間はそれに抵抗する。そんでもってあたしが勝つ、と」

モノ「それが新しい地球のルールってこと」

納得できないという僕の言葉を押し留めるかのようにモノがそう付け加えた。
僕はそれでも、やはり聞きたかった。

「それが決まりだとして、誰がそんなことを望むっていうの?」

グレス「そりゃあ、人間だろ?」

モノ「人間の統一された感情が新しい地球のルールになった。そう言わなかった?」

微妙に言ってない気がするけど、そういうことらしい。

「……なんとなく分かったよ。でも、グレスは一人で人間と戦って勝ったの?」

グレス「ん? この船にはあたし一人しか乗ってないよ。あたし以外でこの船に乗ったのはあんたらが最初さ。それでもあたしは勝つ。人間が恐怖する侵略者ってのは常に原住民よりも強いもんだからね」

こんな船であの人間たちの近代的な軍隊に勝てるのか。ちょっと想像できなかったけど、それも『ルール』なのだろう。

モノ「……寂しくはない? ずっと一人で」

モノが初めてグレスにそう質問した。
僕は質問したモノの横顔をじっと見つめていた。

グレス「あぁ、船に乗ったのはあんたらが初めてだけど、海には姉が一人いるんだ。寂しくはなかったね」

「姉?」

グレス「ああ。そういえばそのことでちょっと気になることがあるんだ。聞いてくれないか?」

グレスは困ったような表情を浮かべて勝手に話し出した。

グレス「最近人間の子供が一人、イカダ作って海に出ようとしてんだよ。姉さんの管轄なんだけど、何ていうか……無駄な殺生はいらないだろ? その人間を止めてくれないか?」

その姉という者のことは分からないが、その願いは妹として姉を想う気持ちに違いなかった。それは人間とも変わらない。

「いいよ。その子はどこに?」

モノ「ラザ、あまり人間とは関わらないほうがいい」

モノは無表情でそう言った。
少し冷たいな、と思ってしまう。

「その子のためじゃないよ。グレスとグレスのお姉さんのためだよ」

そうだ。
人間は嫌いだから。

モノ「……じゃあいい」






グレス「悪いな。本当はあたしが行きたいところなんだが、こう……そういうことしちゃだめなんだよ、あたし達は。決まりに嫌悪を抱いちゃダメなんだ。それが姉さんに知られたら、姉さんを傷つけることになるから……そういう空気なんだ!」

「分かった分かった……。ちゃんと伝わってるから」

モノ「早く済まそう」

モノは少し不機嫌みたいだ。やっぱり人間が嫌いなのだろうか……
僕も嫌いだけど、何だかモノの嫌いは僕から見るととても痛い。

僕らは船を降り、小船で砂浜に向かった。
そこには確かに、黙々とイカダ作りに励む男の子の姿があった。

「君、何やってるの?」

僕が声をかけるとその子はこちらに気づいたようで、作業を中断して振り向いた。

男の子「え? これ? 僕、海の向こうへ行きたいんだ。だから船を作ってたの」

モノ「迷惑だからやめr――」

「ちょっとモノ!」

僕は更に不機嫌になってきたモノの言葉を遮った。これ以上モノの機嫌が悪くなる前にどうにかしないとまずい。

「どうして海の向こうへ行きたいのかな?」

男の子「うーん……ずっと森の中で暮らしてるなんて嫌だから? 海の向こうにはまだ誰も知らないすごい物がきっとあると思うんだ!」

モノ「お前はとても人間らしいな。大嫌いだ」

「ちょっと!」

男の子「……そっちのお姉ちゃんは大人たちと同じだね。僕の言うことを聞かずにダメだダメだって言うだけ」

モノ「ッ!」

モノはそう言われて怒ったようだったが、言葉は飲み込んで黙ってしまった。

「待って! 海に出たら死んじゃうんだよ!」

男の子「……僕を子供扱いしてるみたいだけど、君も子供じゃん。僕は行くよ。自分で決めたんだ。このロープを結べばもう完成だしね」

男の子はそういうと作業を再開した。もう完成間近だったようで、イカダはすぐに出来上がった。

男の子「じゃあね、バイバイ」

「あ……」

もう僕らには男の子を止めることは出来なかった。たとえ力ずくで止めたとしても何の解決にもならない。むしろ更に彼を意固地にさせるだけだ。いつかこうなるのなら、それを遅らせることに意味はない。





「ごめんね。止められなかった」

グレス「いいってことよ。もともとこうなるはずだったんだ。最初からそれを変えるなんてこと出来なかったのかも知れないな……」

グレスと僕らは甲板からあの男の子が乗るイカダを見ていた。
すぐにグレスのお姉さんは来るという。

モノ「ねえ、ラザ。私のこと嫌いになってない…?」

モノは珍しく弱々しい表情をしてこちらを見つめてきた。
さっきまでの不機嫌さからどうしてこうなってしまったのかは分からない。

「そんなことないよ。何で僕がモノのこと嫌いになるのさ?」

モノ「……ならいい」

モノはまた黙ってしまった。
僕はモノのことについてやっぱり何も知らない。



僕らは目の前の悪趣味な空が全て覆われるほど巨大なソレを眺めた。真っ白なソレは海から頭部を垂直に突き出し、小さな小さなイカダを飲み込んだ。あまりの大きさに僕はまるで地球そのものが飛び出したのかとさえ思った。

ソレに見とれている時間はどれくらいだったのか。僕にはソレがその姿を見せ付けるようにゆっくりと、水しぶきさえもがソレに合わせてゆっくりと動いていたように見えた。

いつの間にか目の前からソレの姿は消えていた。



グレス「姉さん、数年ぶりのお仕事お疲れ様」

???「…………」

グレスの目線を追うと、肩から上を海面から覗かせる一人の女の子がいた。
真っ白な長い髪は半分は海水につかって波に揺れている。
彼女は一瞬だけこちらへ視線を移すと、すぐに海の中へ消えていった。

モノ「『海への恐怖』白鯨ハレ」

グレス「私より生まれたのは後だけど、ハレは姉さんなんだ。やっぱり綺麗だったな……」


グレスは嬉しさと悲しさの入り混じったような表情で遠くの海をいつまでも見つめていた。



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