(社)人類ホロボース団 活動日報No.01

BY IN 小説 0

00を修正・後半を加筆した正規版第一話です。
試験的に読み切りを何度も掲載して連載第一話だけ完成度が高いマンガとかあるよね。




『(社)人類ホロボース団 活動日報No.01』

――首都圏に星の数ほどある繁華街の内の一つ

そのとある繁華街の中でも人通りの多い二つの通りが交差する地点がここだ。
中途半端な背の高さの建物、やけに細長く自己主張の激しいたくさんの看板。それらが構成する不思議な圧迫感のある空間を抜け、交差点に出たところだ。チラチラと見えていた空が大きくひらけ、地上を所狭しと行き交う無数の目線もここでは心なしか圧迫感を感じさせない。
そんな景色の中で、もっとも誰かの目に留まることが少ないのがこの雑居ビルだった。一階と二階にはナントカ商事とか、聞いた事のある大きなグループの子会社の事務所なんかが入っている。三階はずっとテナント募集のままだ。
こんな立地条件のいい場所でこの状況は良く考えれば少しおかしい。しかし人間というのは往々にして、たとえ道端に落ちている石ころが未知の鉱物でできた隕石の欠片だったとしても、それに気づけないものなのだった。この雑居ビルも、行き交う人々にとっては道端に落ちている石ころかそれ以下の存在でしかない。私にとっても少し前まではそうだったのだから、良く分かる。
その雑居ビルの地下一階。下へ向かう階段の入り口にはA型の置き看板が置かれ、こう書かれている。






――――――――――――――――――――
                  
   専門のスタッフがお悩み相談!! 
                   
  世界一安全な催眠と優秀なスタッフが 
     あなたを洗脳!!        
     お悩みをスピード解決!!   
                   
        (社)人類ホロボース団
                  
            ※スタッフ募集中
――――――――――――――――――――




はっきり言って酷い文言だ。
あの時はこの最高に胡散臭い看板を見ながら、それでも何の疑問も無く、吸い寄せられるようにこの『下』へと進んでいったのだから、『世界一の催眠』という部分だけはやはり間違いがない。『安全』と『洗脳』についてはノーコメントだ!


「さあ今日も張り切ってお仕事、致しましょうか!」


そろそろ『おろし立て』とも言えなくなってきたマントを気持ちよくたなびかせながら階段を下り、『(社)人類ホロボース団』と書かれた磨りガラスのドアを開ける。





 ―――――





「ん……んぁ…?」

頭がボーっとする。
気がつくと、黒い革張りの大きなソファーに腰掛けていた。
目の前にはこぎれいな机があり、俺の前に置かれた白いカップからは白い湯気が立ち昇っている。チラリと覗く黒い水面から察するにコーヒーだろう。視線を上げると、そこはどこか小さなオフィスビルの一室といった感じの部屋だった。
……やけに静かだ。それに窓がないので今が昼なのか夜なのか分からない。どこかに時計は――

男?「あら、気がついた? 飲み物はコーヒーでよかったかしら。お砂糖とミルクは?」

前方に置かれたついたての向こうから、異様なモノが姿を現した。身長は2mを越えるのではないかと思わせる巨体に、幅のある帯をしっかりと締めた煌びやかな女物の着物……を纏う短髪の――

女の子「おい、何で私はジュースなのよ」

その異様な……オネェ言葉の……オカマ?にすっかり視線を奪われていたところ、ふいにすぐ近く・自分の真横から女の子の声がして俺は我に返った。

オカマ「あら、二人ともお目覚めだったのね。ごめんなさい、貴方もコーヒーの方が良かったかしら?」

女の子「え……ぇえもちろんっ。言っておくけど私、こう見えても中学生だからね? 子供扱いしないで」

身体が小さくソファーにその大半が沈んでいたために目に入っていなかったが、俺の隣にはずっと制服姿の女の子が座っていたようだ。俺の座るソファーに隣接する形で置かれたもう一つに座り、そして確かに彼女の前にはガラスのコップに入ったジュースが置かれている。
彼女にそう言われるとオカマはニッコリと微笑み、壁際にあるコーヒーメーカーから新しいコーヒーを入れはじめた。その動きはなんと言うか、ゆったりとしているがトロ臭くなく、普通の動きに見えるが着物が一切邪魔にならないように細部にまで気を遣われた、そしてその全てを感じさせない自然体な……

オカマ「知ってるわ、神寺 漣(かみでら れん)さん。年齢は14歳、両親は海外を飛びまわる著名な学者さん。この街に住む母方の祖母の実家暮らしで桜八中学校へ通う中学二年生。そしてそっちは井参 醒(いまいり せい)君ね、春から高丘高校へ通うために引っ越してきたばかり。その歳で一人暮らしなんて大変じゃない?」

レン「…………」

セイ「え、何で俺の……っていうかまずここはどこですか? あなたは……」

そのオカマの言った内容に間違いはなかった。
隣に座るレン、というらしい少女もそれを聞いて警戒感を強めたような気配を感じる。恐らく内容に間違いはないのだろう。

オカマ「あ、自己紹介がまだだったわね、ゴメンなさい? 私は成無 朧(なりなし おぼろ)。気軽にオボロって呼んでね♪ 貴方達の事はさっき同僚に調べてもらったのよ。驚かせてしまったらごめんなさいね。二人ともお砂糖は?」

レン「あ、私は――」

セイ「僕はブラックでいいです」

レン「…………私も」

オボロ「うふふ……二人とも大人なのねぇ。一応お砂糖ここに置いておくから」

新しいコーヒーを持ってこちらへ近づいてきたそのオカマ、オボロさんはやはり大きかった。しかし最初に受けたイメージほどではなく、実際の身長は180~190といったところだろうか? 服装や彼(彼女?)の放つ異様なオーラによって、実際以上に強いインパクトを受けたのが自分でも良く分かる。
オボロさんはレンのジュースを片付けようとしたが、俺はそれを遮った。

セイ「あ、僕やっぱりジュースでいいですか? コーヒー飲むならブラックなんですけど、どちらかと言えばジュースの方がいいです」

オボロ「あらそう? じゃあちょうどいいわね、手間が省けたわ♪」

レン「……ぇぇーっ?」

オボロさんはそう言うと下げようとしたジュースと俺のコーヒーを入れ替え、そのコーヒーを持って俺とレンの反対側に座った。
レンはなぜか何とも言えない表情で自分の手に持ったコーヒーを見つめている。

オボロ「それで、貴方達の疑問に答えなくちゃね。今から全部説明するわ」

レン「そ、そうよ。そもそも私はこんなところに来た記憶がないんだけど。誘拐とかそういうアレじゃないでしょうね?」

レンは多少語気を強めながらそう言った。コーヒーカップを乱暴にテーブルに置く音が部屋に響く。

オボロ「まさか! 貴方達は確かに自分の足でここへ来たわよ? それは保障するわ。まぁこの状況で信じろって言われても無理な話かもしれないけど……」

オボロさんはそう言いながらスプーンで2杯の砂糖を入れ、コーヒーを口へ運んだ。
先ほどから自分の身体を確かめていたが、確かに無理やり連れてこられたような形跡はなかった。それに先ほども気を失っていた、という感じではなかったのだ。何だか夢を見ていたような気がする。良く思い返してみればここの入り口を見つけ、階段を下りて、ドアを開けて……そしてこのソファーに座った……そんな気がする。

レン「……そう言われればそんな気もしてきた……けど、やっぱりおかしいわ。だってこんな所に来る理由がない。アンタ、何かした?」

オボロ「そうねぇ。たいしたことじゃないんだけど……ちょっと催眠をかけてね、ここまで来てもらったのよ」

オボロさんは続けてコーヒーを飲みながら、合間にそう言葉を並べた。
催眠? 催眠術とかのアレ?
思考がまとまらなくなり、隣に座るレンに視線を向けてみたが、彼女もまた俺と似たり寄ったりなようだった。

オボロ「ここは社団法人・人類ホロボース団っていう団体の事務所なの。それで春だし、ウチも新入社員を募集してるんだけど、その入社試験が表の看板を見て、ここまで来られるかっていうもので……表の看板には、ほら、サブリミナル効果って知ってるかしら? そういう類の仕掛けが施されてて、素質のある人間ならここまで自然と足が向かうようになってるのよ」

セイ「……はぁ……まず入社って、俺たち学生ですけど……」

オボロ「そこらへんは大丈夫よ。ウチの活動は学校とも両立可能だし、労基も法律も関係なし! ブラック企業も真っ青の闇企業だから♪」

酷く荒唐無稽な話だ。確かに一応筋は通っているが、いきなり闇企業だの催眠だのサブリミナルだのと言われてハイ、ヨロコンデ!と信じられる人間はいないだろう。だいたいサブリミナル効果なんていうものは実証されていない半分インチキ科学だったはずだ。そんなものを持ってこられても説得力などなかった。恐らくは……詐欺か宗教、その勧誘か何かだろう。

レン「……もういいわ。時間の無駄みたいね。私は帰らせてもらうから」

レンはそう言うとソファーから立ち上がった。俺と同じ考えのようだが、結論を出すのが早い。その決断力は見習いたいものだと素直に思った。

オボロ「あら、そう? 残念ねぇ……もちろん帰りたいなら帰ってもらって大丈夫よ。でももうちょっとだけ待ってくれないかしら? せめてコーヒーくらい飲んでいってよ。とてもいい豆なのよ?」

レン「……た、確かにいい豆だったわ。とてもおいしかったし……うん……じゃ、じゃあこれ飲んだら帰るから」

レンは意外にあっさりと折れて再びソファーに座った。俺も彼女に便乗して帰れるかと思っていたのだがアテが外れてしまった。まぁ意外と素直に帰してくれるようだしその点は少し安心だ。確実に帰れるならあと少しくらい話を聞いてもいいだろうという気にもなってくるものだった。

セイ「一応聞いておきますが、その……このナントカ団っていうのは何をしている会社なんですか?」

オボロ「人類ホロボース団ね。あと会社じゃなくて社団法人♪ ウチは人類を滅亡させることを目的に活動しているのよ。驚いた?」

セイ「は、はぁ……」

レン「………アホらし」

団体名を聞いてまさかとは思っていたが、どうもその通りだったらしい。レンの反応ももっともだが、流石に本人を目の前に正直な感想を言うことは俺にはできなかった。

オボロ「まぁそう思うわよねぇ……でもできれば先入観を持たずに、普段の活動だけでも見ていって欲しいんだけど……」

セイ「普段の活動って……破壊活動とかですか?」

オボロ「そう思うでしょうけど、それは違うわ。貴方、どれだけ『破壊』を進めれば、人類は滅亡すると思う?」

やけにちびちびとコーヒーを飲むレンを尻目に、俺は自分に向けられた問いに対して真面目に考えてみた。軽い暇つぶしのつもりで。

セイ「うーん……ライフラインや情報を完全に破壊できれば……あるいは……?」

オボロ「そうかしら? もしそれができたとして、人類が『滅亡』するところまでいくかしらね?」

……無理だ。もしライフラインを完全に破壊し、情報を遮断できたとしても人間はその場でなんとかして生きていくだろう。もちろん食料の不足や疫病の流行、混乱や略奪によって多くの死者が出るだろうことは間違いない。しかしそれでは『文明の破壊』止まりで、『滅亡』つまり『人類全滅』にはとうていたどり着かない。きっと人類は長い時間をかけて現在の繁栄を取り戻すだろう。

セイ「じゃあ毒! 毒で全ての人間を……いや、『全て』は現実的に不可能だな……やっぱり核兵器で……」

オボロ「核兵器で地球ごと破壊できれば、『滅亡』も可能かもね。でも、それができるかしら?」

セイ「……無理ですね。もし資金や施設、権力がどれだけあったとしても、携わる人員の中には必ずそれに反対する者が出てくる。人類を敵に回すのだから、人員を動員する時点でいつ失敗してもおかしくない。戦争を誘発するとしても不確定要素が大きすぎるし……」

レン「何アンタも真面目に考えてんのよ……バカじゃないの?」

セイ「まぁ暇つぶしだよ。レンちゃんも随分ゆっくりしてるみたいだし別にいいだろ?」

レン「ちゃんとか言うな馴れ馴れしいっ…!! ……まぁいいわ。別に急いでもないし、見世物として楽しんであげるから続けなさいよ」

やけに態度のデカい女子中学生に横槍を入れられながらだが、俺はこの難問への興味が高まっていた。
そもそも『滅亡』の定義は『全滅』でいいのだろうか? 山奥に数人の人間が生き残っても……ダメだな。そこから再び人類が繁栄する可能性が残る。やはり土地自体を汚染して……それか新種のウイルスで……

オボロ「レンちゃんからの許可も出たし、まぁゆっくり考えてみて? ちょうどいいのが来たみたいだから、参考にしてみるのもいいんじゃないかしら」

オボロさんが何かに気づいたように入り口の方へ視線を向けた。そのまま立ち上がり、仕切りになっている後方のついたてのもう一つ向こう側、最も入り口に近い空間へと移動する。
するとガチャっというドアが開く音が部屋に響き、俺とレンもついたて越しに視線をそちらへ向けた。そこには一人の女の子が立っていた。ごく普通の地味目な私服姿でボーっとその場に立ち尽くすその女の子は、しだいに目に光を取り戻し、言葉を発する。

女の子「え、ここ……どこ…?」







オボロ「へぇ……それは辛かったでしょうね……ユカリちゃん。よくがんばったわねぇ……」

ユカリ「そ、そうなんでず……ズビッ………ぞれで……」

俺とレンの目の前で、この部屋に来て10分・会って9分の二人がまるで同窓会で再開した友達のような、お互いの関係を思い出したかのような自然な打ち解けを繰り広げている。来客用のソファーに座り、遂には話しながら泣き出してしまった女の子、ユカリの愚痴を聞きながら優しく微笑みかけるオボロさんはまるで仏か悪魔か……

レン「聞き上手なオカマ……恐るべし……」

先ほどからオボロさんに対してどこか一線を引いて接していたように見えていたレンだったが、この10分で流石に少し認識を改めたようだった。
先ほどの様子から察するに、入ってきた女の子は俺達と似たような『催眠』の効果でここに足を運んで来たようだった。俺達と同じようになぜ自分がここに来たのかは分からないが、自分で足を運んだことは何となく覚えている……といった具合だ。流石に『催眠』という話の一点については信じざるを得ない。いや……ひょっとしていわゆる劇場型とかいう詐欺の一種という可能性も…?
とにかく信じるにしろ信じないにしろ、情報が足りない。多少興味もわいてきたことだし、もう少し様子を見ていこうと思う。
ちなみに彼女が受けたのは俺達と同じ入社試験の話ではなく、悩み相談だった。まだ少々夢見心地なのかオボロさんが凄いのか、不思議なほど自然な流れで彼女は自分の悩みを全て吐き出していた。

ユカリ「でもどうしても私、その子たちと仲良くできなくて……」

オボロ「そう……でも、どうして貴方はその子達と仲良くしなくちゃいけないって思うのかしら? 確かに嫌がらせを受けるのは辛いかもしれないけど、そうやって無理に付き合うのも同じくらい辛いんじゃない?」

ユカリ「え……ズビッ……でも……」

オボロ「だって他に仲のいい友達もいるんでしょ? その子達と仲良くできないのは、今の交友関係でもう満足してるからかも知れないわよ?」

ユカリ「……確かにもっと友だちが欲しい……ってわけじゃない、ですけど……」

先ほどまで鼻をすすりボロボロと泣いていたユカリは悩みを吐き出して少し冷静になったのか、オボロさんの問いかけに対して自問自答するように、かみ締めながら途切れ途切れに答えていた。

オボロ「じゃあもういいんじゃない? 多少の嫌がらせなんて跳ね返しちゃいなさいよ! 無理して自分を殺しても、それ以上に辛いだけよ?」

オボロさんの言葉にユカリは少し表情が揺らいだように見えたが、まだ簡単には納得できないといった様子だ。

ユカリ「でも、やっぱり……だって嫌がらせを受けるのは……」

オボロ「どうせ何かを我慢しなくちゃいけないのよ? 自分を殺すか、嫌がらせと戦うか、なぜ自分を殺すほうを選んだの?」

ユカリ「だって……だって私戦えない…! あの子たちが正しいんだもん! そう、そんな自分や仲のいい友だちだけの中で引きこもってていいわけがないんです! 色んな人と知り合って、付き合って、コミュ力つけて、そうやって社会人にならないといけないの!」

段々と心の深い部分・悩みの根本へとオボロさんが切り込むと、ユカリは声を荒げ叫びだした。その表情は先ほどまでとは違い、目をつぶるような……必死にそれを守ろうとするような……

レン「ちょっと……あれ大丈夫なの?」

セイ「さぁ……」

オボロさんがしているのは『悩み相談』だとばかり思っていたが、これではユカリを傷つけてしまう。曲がりなりにも『社団法人』を名乗っているからには、ただ無料で悩み相談に乗っているというわけではないはずだ。しかしこれではサービス業としてダメなんじゃないだろうか…?

レン「……ん? ねぇ、ちょっと……あれ……」

レンがユカリを指差し、何か言いよどむ。いや、正確にはレンが指差しているのはユカリの背後……

セイ「な、なんか……あれ? 目が…? ん……」

ユカリの背後に、何か影のようなものが揺らめいて見える。影……といっていいのか分からないが、少なくともユカリと彼女の後ろの壁の間には、視線を遮る『何か』がある……ように見えた。

レン「あ、アンタも見える…? なんか黒いゆらゆらしたヤツ……」

セイ「ああ……見える……」

オボロ「そこの二人、ちゃんと見てなさい。これがウチの『人類滅亡』……『洗脳』よ!」

オボロさんは聞く耳を持たなくなったユカリではなく、振り返らずにこちらに向かってそう言い放った。そして着物の裾に手を差し込んだかと思うと、そこから木でできた棒のようなものを取り出す。

オボロ「……っ!」

俺とレンが呆然と事態を見つめる中、オボロさんはその棒の上下を両手で持ち、右手を振り上げた。




 一閃。




オボロ「人類に安らかな滅びを……」

カチャ……という音がして、オボロさんは再び木の棒を上下に持つ構えに戻っていた。白い光が走り、黒い影はユカリの背後から『切り取られた』。そうだ、オボロさんが持っているのは日本刀だ。それにしては短い気もするが、確かに今のは逆手持ちの『居合い』だった。

レン「脇差……江戸時代に打刀(うちがたな)の対・予備として用いられた小刀(しょうとう)よ」

一瞬俺の心が読まれたかと思うようなレンの言葉。驚いたが、きっと実際に心が読まれたんだろう。それだけ分かりやすい表情をしていたということか……恥ずかしい。

レン「でも……今、あの人……何をしたの…?」

セイ「いや、分からない」

切り取られた影は火が消えるようにどこへともなく消え、ユカリの背後に揺らめいていた影も全て消え去っていた。

ユカリ「……ぁ………」

オボロ「おっと、危ない」

影を切り取られたユカリは静かに立ったまま硬直していたが、突然緊張が解けたかのように身体の力を失って倒れこんだ。
それをオボロさんが受け止め、来客用のソファーにゆっくりと寝かせる。

オボロ「どう? ちゃんと見えたかしら?」

レン「……何のこと?」

良く分からないが一仕事を終え、息一つ乱さずにこちらへ戻ってきたオボロさん。その問いかけに対してレンは注意深く言葉を選んで答えた。その警戒心と頭の回転には感服する。俺はと言えば完全に頭がフリーズしていた。フリーズしていることだけははっきりと分かるのだが。

オボロ「もう、とぼけちゃって♪ 貴方達にはもう『アレ』が見えたはずよ?」

セイ「まぁ……何となくは……」

レン「ちょっとアンタ黙ってなさいよ!」

レンは怒っているが正直もう警戒しても無駄だろう。今目の前で確かに俺たちには理解できないことが起こり、それが真実であるにしろ虚構であるにしろ、俺たちにはそれを判断するための材料がないのだ。諦めてオボロさんの言うことを聞いたほうが得策だろう。それを信じるかどうかはそれから考えればいい。

オボロ「あれはね……『セイギ』っていうモノよ。彼女にとり憑いていたのを今、祓ったの。これで彼女の悩みは解決に向かうはずよ」

セイ「刀で切っちゃうのがお祓いなんですか?」

オボロ「まあアタシの場合はね。これは人によってやり方が違うの。祓う人が『これだ』って思うやり方でやらなきゃダメなのよ。そして私達はこれを『お祓い』じゃなくて『洗脳』って呼んでるわ」

セイ「はぁ……」

とにかく疑問は募るばかりだが、オボロさんは快く答えてくれている。まずどこから質問するべきだろう……こういうときに自分の頭の回転の遅さが嫌になる。

レン「……で、今私たちが見たそのセイギっていうのは何なの? 私は今まであんなもの、見たことが無かったのだけど」

そう、それだ。

オボロ「セイギっていうのは人間にとり憑いて悩ませる『何か』よ。貴方達が今までアレを見たことがないのも当然。この部屋に来るときにかけさせてもらった『催眠』、それに貴方達の『素質』を開花させる作用があったの。貴方達に備わっていたのはセイギを見る素質、『悪の才能』よ」

レン「はぁ!? ちょっと、何勝手なことしてくれてんのよ!」

オボロ「ごめんなさいね……でもウチも人手不足でね、こうでもしないと誰も信じてくれないでしょ?」

セイ「確かに」

レン「ちょっとアンタも納得しない! こんなの見えるようにされたら、もう普通の生活送るのも大変じゃないの!!」

セイ「ま、まぁまぁ……」

しかしレンの言うことももっともだ。素質があったとはいえ、それを向こうの都合で勝手に開花させられてはたまったものではない。

オボロ「言い忘れてたけど実は私たち、『悪の組織』なの♪ だからこれくらいは屁でもないのよぉ? さ、これからの人生、アレを見ながら怯えて暮らすか、私たちの仲間になってアレへの対処法を学ぶか、どっちにする?」

オボロさんは実に楽しそうな笑顔でそう俺達に問いかけた。どっちを取るかなんて決まっている。それでも俺達の口から言わせるのは、まぁ当然か……でも楽しそうなのはきっとこの人の性格だと思う。

レン「……私はそう簡単にはいかないわよ! そうよ、落ち着いて考えればまだ見える見えないの話だって信じるには証拠が足りない。あれは視覚トリックか何かで、私を騙そうとしてるのね? そう考えた方が自然……まだ筋が通るし……」

オボロ「あら、まだ信じてくれないのね。ま、いいわ。どうせ暫くしたら嫌でも信じるしかないし、今日のところはね。気が変わったらいつでも来てね♪」

オボロさんはそう言うと再びソファーに腰掛け、飲みかけだったコーヒーに口をつけた。

オボロ「でも、さっきはああ言ったけどきっと貴方達もここが気に入ると思うの。きっと貴方達の人生の助けになれるわ。脅そうとか利用しようとか、そういう感情はないの。それだけは……」

今日は信じるだの信じないだの良く聞く日だ。正直俺はもう訳が分からないけど、オボロさんは悪い人には見えない。我ながらどうかと思うが、もうこの人のことはすっかり信じきってしまっている自分がいた。

レン「……うぅ………」

レンも少なからず俺と同じ立場のようだが、理性が彼女の中に大きな葛藤を生んでいるようだった。少し気の毒だ。

セイ「分かりました。ではまた後日改めてお邪魔させてもらいます」

オボロ「ええ。でも次に会うことがあるとしたら、その時には仲間としてなんだから、そんなに他人行儀じゃなくていいわ。ウチは敬語いらないの♪」

セイ「……わかり……オッケー。じゃあ、もしまた会えたら、その時はよろしく」

返答代わりに優しく微笑みながらコーヒーを口に運ぶオボロに一礼し、俺はレンを連れてその場を去ることにした。







事務所の扉を抜け、階段を上がると見覚えのある道に出た。先ほどまでの出来事が嘘のような日常の風景が目の前に広がる。俺たちの置かれた立場など知る由もない、たくさんの通行人が左右に流れていく。やっぱりさっきまでの出来事は夢だったんじゃないだろうかと一瞬思った。
地下への階段の方を振り返ると、入り口には社団法人人類ホロボース団のA字の置き看板が控えめに存在感を放っていた。そういえばここでちょうどこの看板が目に留まったところまではしっかりと覚えている。春からの生活に向けて、近所の店や施設を見て回っていたところだった。

レン「………はぁ……」

セイ「大丈夫か?」

俺のあとについてあの場から一緒に退室したレンだったが、ここまで来てもまだ多少混乱したままのようだ。これは少し重傷かもしれないな。一人にして時間を置いたほうがいいのか、それとも一人にするのはマズいのか……

レン「……ねぇ、アンタ、あそこに入るつもり?」

セイ「ん? あぁ、まぁそうなるかな。あそこからこうやって一度でも帰してくれるってことは、あのセイギっていうのは本当にあって、俺たちはそれが見えるようになったんだ。じゃなきゃ一度帰って頭冷やせば、あんなに大掛かりに俺たちを騙したのに嘘がばれて、全部無駄にするってことだからな」

レン「そんなの分かってるわよ! でも……」

レンはそれでもまだどうしていいか分からないようだった。確かに本当はそう簡単に決められることではないのかも知れない。ただ俺は興味があった。というより他のことに興味がなかった。既存の価値観に。

セイ「うーん……まぁそうやって悩むのが普通だとは思うけど……」

俺もこの後レンをどうするか、そうやって悩んでいると背後から人の気配がしてそちらへ振り向いた。

ユカリ「あ、ごめんなさい」

俺たちがあそこから退出してからしばらくして、あの後意識を取り戻したであろうユカリも同じように階段を上って来た。そのまま帰路につくのか、通りに沿って歩き出した。
彼女の悩みは本当に解決に向かうのだろうか? そしてそれがなぜ『人類滅亡』に繋がるのか。

セイ「そうだ! あの子の後をつけてみないか? オボロがやったことが本当は何なのか、分かるかも知れない」

レン「え…… っ!! ちょっと!! バカっ触んないで!!」

俺はレンの手をとり、ユカリの後を追いかけた。無論距離を詰め過ぎず、気づかれないようにだ。
彼女を観察すればレンの迷いの解決になるかもしれない。そして何より俺自身があの『セイギ』、『人類ホロボース団』、そしてそこから見える世界。それに興味があったのだ。







セイ「よし、気づかれてないな」

レン「ちょっ…! ちょっ…!」

ユカリを尾行しながら繁華街を歩く。と言っても今日は休日ということもあってなかなかの人ごみだ。隠れたりせずに堂々と後ろからついて行くだけで大丈夫だった。

セイ「なんかちょっとワクワクしないか? 悪の組織ってか探偵って感じだけどな」

レン「……っっっ」

ユカリの歩行スピードと行き先に大体の見当がついてきて尾行が安定してくると、自分の中の高揚感に気づく。
楽しい。
こんなにワクワクするのはいつ以来だろうか? 思い返してみれば、俺は遠足の前の日も修学旅行の前の日も、遊園地へ行くその日の朝だってぐっすりといつもと同じだけ眠れる派の人間だった。非日常というものは人間にとって楽しいものだということに反論はないが、きっとその『非日常』のラインは個人によって様々なのだ。ただいつもと違う場所へ遊びに行くだけの『非日常』など、俺にとってはまやかしでしかなかった。

セイ「でもこれは探偵よりももっと『異常』だ。だって人類を滅ぼそうっていう目的で俺たちは行動してる。少なくともその一端を垣間見ようと――」

レン「い、いい加減に手ぇ放しなさいよっ!!!!」

突然レンが声を荒げた。そういえばレンのためにあの子を尾行しているんだった。すっかり忘れてたな。
見るとレンは走りつかれたのか呼吸を荒げ、顔も赤くなっていた。

セイ「あ、すまん疲れたか? もうちょっとだからがんばれ。この先は遊戯施設が集まる一帯しかないから、そこに向かってるんだろう。あと5分もすれば到着だ」

レン「そ、そうじゃなくて手……」

セイ「手? 放したら帰ろうとしてない?」

レン「帰らないからっ! 一緒に行くからっ!」

レンが(下を向いたままだが)迫真の表情でそう言うので、俺は興奮して存外に強く握りっぱなしだったレンの手を放した。レンは静かになったが、女に二言は無いとばかりに確かな足取りでついて来る。やはり疲れているのか、顔は伏せたままだが。
ユカリの方へ視線を戻すと、横断歩道を渡るところだった。ゴールが近いと見える。

セイ「お、カラオケ屋に入るな」

レン「……え? あ、そ、そうみたいね」

セイ「ちょうどいいし待ち合わせの体で座って待とう。疲れただろ?」

レン「べ、別に疲れてないわよっ! 子供じゃないんだから……」

子供じゃなくても女子なんだし、俺よりは疲れやすいと思うのだが。
とにかく俺たちは既に数組がテーブルを囲んで座る待合スペースの一つに陣取り、ユカリの様子を観察した。俺たちが座って落ち着くよりも早く、ユカリは4人の女子グループを見つけて声をかけていた。

ユカリ「あ、エリ、皆、お待たせ!」

エリ「ちょっとユカリー遅かったじゃん! もう集合時間すぎてんだけど」

女子A「ひょっとしたらトモミ見捨ててバックレたんじゃないかってちょうど話してたとこだったし(笑)」

女子B「ねーもしユカリが来なかったら罰ゲームでトモミに『人語禁止で一時間オンステージ』とか考えてたんだけどぉ、また次回のお楽しみだねぇ」

ユカリが最初に声をかけた少女がおそらくエリだろう。エリに左右の二人が続き、最後まで強張った笑顔を浮かべていたのがトモミ、と状況から判断する。

ユカリ「バックレたりしないよ! でも確かに来るのは嫌だったから、だから私、言いたいことがあるの」

ユカリの言葉に場が凍りつく。ケラケラと笑っていたエリの左右の二人が硬直し、エリの動きを慎重にうかがっている。トモミの顔からも笑みが消え、サーッという音が聞こえるかと思うほど目に見えて顔色が青くなっていった。

ユカリ「ごめんエリ、私やっぱりあなたたちとは付き合えない。トモミ、巻き込んじゃってごめんね? さ、帰ろう」

エリ「オイ……お前自分がナニ言ってるのか分かってんの?」

エリはドスの効いた声でユカリにそうセリフを吐き、睨みつけていた。
ユカリとエリ以外の三人は身体を硬直させて視線だけは泳がせていたが、エリの左右の二人はどちらからともなくエリの援軍であることをポジショニングで表すように立ち位置を変えた。

ユカリ「うん。分かってる。私たちって元から合わないし、無理して付き合うこともないと思うの。だからこれっきりにしよう?」

エリ「は? そんな言い分通ると思ってんの?」

あっけらかんとするユカリに対してエリの方は爆発寸前といった感じだ。

レン「ねぇ……こ、これ大丈夫なの?」

心配そうな表情を浮かべるレンだったが、俺はもう何も心配していなかった。
そう。俺は理解した。これが『滅亡』
これから彼女が間違いなく迎えるものは『幸福』
そうだ、これが俺の、いや私の求めていた――

ユカリ「じゃあ逆に聞くけど、どうして通らないと思うの?」

エリ「あぁ!? ナニ言って――」

ユカリ「皆が皆、仲良くする必要なんてない。ましてやそれが誰かの権威を誇示するためのものだったりしたら、なおさらね」

エリ「っ!! ……もういいわ……明日からどうなるか、覚えてなさいよ」

エリは怒りに震えながらも踵を返し、荒々しい歩みでカラオケ店の出口へと向かった。先ほどから一言も発していなかった二人も慌ててそれを追いかけ、自動ドアをくぐったあたりでエリをなだめるように何かを話しかけていたようだった。しかしこの場所からその先を聞くことはできない。その必要もなかった。
その場に取り残されたユカリとトモミは聞き取れないほどの囁くような言葉をお互いに何度か交わし、すぐに肩を寄せ合うようにしながらカラオケ店を後にした。私とレンはもう、それを追いかけることはしない。







レン「ねえ、あの二人、大丈夫なのかな? 明日からいじめられたり仲間外れにされたりするんじゃないの…?」

帰り道。人通りが少ない川沿いの道に差し掛かったあたりで、ずっと黙り込んでいたレンが言葉を発した。

セイ「フフ……フーハッハッハッハッハッハッ!!」

レン「!?」

実におかしい。笑いが止まらない。

セイ「彼女らはもう大丈夫だ! 彼女らは戦う道を選んだのだよ! 自分のために、友のために。社会を盾にして、世にのさばる『セイギ』に屈しない強さを……彼女らは手に入れたのだ」

レン「ちょ……ちょっとアンタ、どうしちゃったの? 前よりもっと頭おかしくなってるけど!?」

セイ「こ、これは手厳しいな……しかし私は私。私の人生は間違いではなかった、それが分かったのだよ! レン。君は分からないのかい?」

レン「……ちょっと何言ってるか分からない。ホントにアンタ大丈夫? やっぱアレ? あそこで受けた催眠が脳を……私も…?」

困惑の表情が絶望に変わり、頭を抱えるレン。
しかしこれは絶望どころか『希望』
それをレンにも分かってもらいたいのだ。

セイ「そうではない。私は至ってまともさ。レン、ユカリは『人間は誰とでも仲良く、協力関係を結ぶべし』という『正義』。それから目を覚ましたのだよ。あの『洗脳』でね」

レン「……あのオボロが切ったのが、それだって言うの?」

セイ「そうだ。実際にそれから彼女は変わった。それは分かるだろう?」

レン「確かに……アレがそういう変化をあの子にもたらしたっていうのは……まぁ仮に本当だとして……でも、それがあの子を幸せにするって? 本当にそう思うの?」

セイ「……ああ。レンはそうは思えないのかい?」

レン「だって……きっとあの子たち、明日からいじめられて、仲間外れにされて……辛い思いをするわ。そんなのきっと耐えられない……」

セイ「……どうしてそう分かる?」

レン「だって……だってだって……あんなの耐えられない!! ずっと一人で…! 誰だって耐えられないのよ!!!」

レンは手を硬く胸の前で握り、小さな身体を更に丸めて声を荒げた。
私にはやはり見える。レンの背後に現れた黒い影。それはあの時事務所で見たものより暗く、深い。
レンは過去を背負っている。それを吸収してどす黒く、ずっと深くなったその影、いや、『セイギ』
私にもできるはずだ。やり方はまだ教わっていないが、きっとできる。彼女を悪夢から覚ますことが――

セイ「そうか……迷うことはない。私にとっての『洗脳』ではない。レンにとっての『洗脳』、彼女にとっての悪夢なのだから」

それを覚ます方法と言えば、あれしかない。

セイ「いいだろう、『人類滅亡』。やってやろうではないか。その覚悟、ここに示そう!!」

レン「あっ……ぅう……あ、アンタ、何、やって――」

セイ「人類に……安らかな滅びを……」

私は額から大粒の汗を幾筋も流すレンに真っ直ぐに近づき、その華奢な腰に手を回して抱き寄せる。強く触ったら壊れてしまいそうなレンのあごに手を沿え、上を向かせる。レンは驚いたような表情でこちらを見つめ、一瞬たりとも視線を外さなかった。そのまま、私は自分の唇をレンの唇に重ねた。





 ―――――





オボロ「へー! 凄いじゃない! まさか洗脳の最短記録が塗り替えられるなんてね。本当に驚いた……」

セイ「いやいや。ところでそれまでの最短はどなたが?」

レン「まだオボロしか社員知らないじゃないのよ……」

舞台は再び『(社)人類ホロボース団』の事務所に戻るのでございます。先日と全く同じ配置で机を囲むレン様、セイ、オボロの三人。
まずはセイが先日の出来事をオボロに報告するのでありますが、これが相変わらず舞台役者にでもなったようなワザとらしいしゃべり方、更にはグレーのスーツをビシッと決めてその上から大層邪魔そうなマントなんか羽織ってしまっておりまして、これには流石のオボロも驚きを隠せない様子でありました。まぁこのオカマもよっぽどの修羅場をくぐり抜けてきたと見えます、この程度のことは微笑ましいとばかりに大人の笑みでスルーするオカマ力を発揮いたしまして現在に至ります。
……対してこのメンツでは流石のレン様も分が悪い。小さな小さな胸に大きな決意を携えて再びこの地へ足を踏み入れましたというのに、終始押されっぱなしな上にあの憎きセイとはまともに目も合わせられない純情可憐さ。あぁ、ワタクシにレン様を抱きしめる二本の腕があったならと、そう願わずには居られません!

オボロ「実は旧最短は私、オボロさんの入社後3日目でした♪ しかしまさか入社後-1日とはね、しばらくこれを越える記録は出そうにないわね~」

レン「理論上最短っぽいしね。まあ早ければいいってもんじゃないけど」

オボロ「そう、男の子は特にね♪」

レン様はまだまだ新人真っ盛りではありますが、同期が既にこれだけ結果を残してしまっているという状況はお好みではない様子。もともとバレエダンサー以上とも言われる背伸び体質が災いして、小さな焦りに小さな小さな胸を焦がしておられるのです! 昨夜も遅くまで『洗脳』のための研究を行っておられました……。命よりも大事な成長ホルモンを犠牲にするその気合の入りようといったら、本当にどんな言葉を並べればその全てをお伝えすることができるのか皆目見当もつきませんのが実に口惜しい。ワタクシに惜しがる口があったならと、そう願わずには居られません!
そしてレン様の前でさらっとシモネタ口走ってんじゃねぇぞこのオカマ! 穢れたらどうする! ……と昨日までのワタクシならガラにもなく罵詈雑言を並べ立ててしまうところでございましたが、レン様ももう大人の階段を上られました。ワタクシも過保護のままでは居られない時が突然やって参りまして、思わず口数が多くなってしまっております。さぁ、もうシモネタ・ゲスネタ・時事ネタ雑学死語に告白何でもござれ! レン様はそれくらいでは負けませんぞ!

レン「で、結局『人類滅亡』の方向性はセイの解釈で合ってるわけ? アンタの話と照らし合わせても矛盾するところはないんだけど」

オボロ「ええ、正解よ。我々『人類ホロボース団』は、人類を『強く、幸福な個』の集団とすることで『巨大な社会に依存しない人類』に作り変える。そうすればせいぜい頭のいい野生動物よ♪ 繁栄さえしなければどんな種族も数百、数千年のうちには滅びることになるわ。私たちの目標も達成ってわけ」

セイ「ようは幸せにしちゃえってことさ。不幸は人を改善へと突き動かすエネルギーなのだよ。そして改善こそが繁栄への唯一の道。社会は自己の繁栄を望み、不幸を生み出す……そうやって人類はここまで数を増やしてきたということだ。最高の幸せを得た者は、あとはゆっくりと滅びへ向かうのみ!」

レン「……気の遠くなる話ね。でもいいわ。そういうことなら私も協力する。アンタ達だけじゃ頼りないからね」

頭の悪い皆さんでももうお分かりかと思いますが、レン様の心と言葉の不一致具合は正にギネス級なのであります。レン様はここの社員共の役に立てるようにと寝る間も惜しんで努力しておられるのですから……。それよりレン様がここに入ることを決めた本当の理由、セイの野郎! レン様は先ほどからずっとセイと目を合わす事ができていないのでございますよ! ホラさっさと男の方からどうにかしろやこのボンクラ甲斐性なしが!!

オボロ「ところでセイの『洗脳』はどういう方法だったの? 気になる気になるぅ~!」

レン「っっっ!!」

セイ「それはもちろん、この私の――」

レン「わあああああああ! あ、あれよね、なんかこうズキューンってしたら消えちゃうのよね!! びっくりしたわーほんとびっくりしたわアレはねーうんうん」

セイ「ま、まあ間違ってはいないが……」

ああ……おいたわしや、レン様。こんな行きずりの男に初めての手の触れ合いを許しただけでなく、よもやファーストチッスまで奪われてしまおうとは誰が予想したでありましょうか。ワタクシ、ご主人様が成長して沢山の異性と出会い、様々な経験を経て運命の相手を見つけ、ロマンチックなムードの中で幸せな未来を掴みとるものだとばかり夢想しておりましたゆえ……このセイという男は本当にワタクシのゴミ処理機能の餌食にしてやろうかと何度も考えました。……しかし昨日、自宅に帰られてからのレン様を見ているうちにそんな気も失せました。ワタクシが望むのは復讐でも自己満足でもございません。ただレン様の幸せ、それだけなのですから。ワタクシはレン様を全力で応援・サポートすることを心に決めました。ワタクシがもし人間であったなら、きっと顔中の穴と言う穴から血を流しながらの決断となるのでしょう。実際に昨日は漏電とオイル漏れが酷いものでした。

オボロ「……ふーん? まあこれから一緒に仕事するんだから、お楽しみにしておきましょうか。レンも早く自分の『洗脳』の方法が分かるといいわね」

レン「と、当然よ。コイツにできて私にできないはずがないじゃないの。『コレ』だってあるしね」

レン様は前々から製作されていた『秘密兵器』を徹夜で完成させておりました。身長の成長が芳しくないために製作していた装備型ロボットアームの改良版。何かをあきらめることになる、とブツブツ言って完成前にお蔵入りしていたワタクシの弟でした。このように日の目を見ることになるとは、感慨深いものがあります。おかげでレン様のお部屋での留守番が役目になりつつあったワタクシもこうして外出できるのですから、更に喜びもひとしおでございます。しかもこれ、レン様は気づいておられないようなので完全に偶然、いや奇跡というべきでしょうか? レン様の可憐な容姿を最高に際立たせ、男を惑わす魔性の……

オボロ「あら、そのランドセル?」

セイ「中学校もランドセルで通っているのかね? 確かにとてもキュートだ。似合っているよ」

レン「ら、ランドセルぅ!? 違うわいっ! これはこうして……」

レン様が服に仕込んだモーションキャプチャを使ってランドセルを操作し始めます!
縦笛部分からロボットアーム伸び、レン様の両腕と同じ動作をいたします。その動作の同期誤差はなんと60msec以内! 更に円盤型エアーエンジンと軸型2HTGエアーエンジンを主軸に間接可動域も……とまあ細かいことはいいのです。とにかく凄いロボットアームなのであります! セイとオボロからはおぉっ、という驚きの声が上がりますが、驚くのはまだ早いのでございますよ……更に!

レン「そして……出でよ! アイテム一号!」

一号「来たー!」

レン様が深くお辞儀をするような体勢をとることでワタクシの重力センサーが180度反転!
目の前の壁が開き、数時間ぶりの光がワタクシの好感度カメラにビビっと来ております!
ランドセル上部から発進されるワタクシ! 何事も始めが肝心でございます。舐められたら終わりですぞ!!

一号「やっとご紹介にあずかりましたワタクシ、アイテム一号と申します! ぜひお気軽に『一号』とおよび下さいませ。あなた達のようなボンクラと違って最高クラスの人工知能とボール型全方向移動機構を搭載、更に地磁気を利用したホバーによるニュートラル移動と学習機能によって無限の移動性能を可能とする移動型自律マシーンでございます」

セイ「ん? 教科書が落ちたぞ?」

オボロ「あら違うわ、ル○バが出てきた♪ かわいい~!!」

一号「ち、違いますぞ! あんなゴミ掃除しか脳の無い下等機械と一緒にしないでいただきたい! ワタクシはレン様のお話相手として最高峰のAIを備えた高性能の――」

オボロ「え? お掃除はできないの?」

一号「で、出来ますが……」

レン「ほら、便利でしょう?」

オボロ「え~もう助かっちゃう! やっぱりお客さんを呼ぶからお掃除って大事なのよ~。掃除もやっぱりハイテクの時代ね♪」

くっ……ワタクシの凄さはイマイチ伝わっていないようでありますな。まあワタクシのこれからの活躍を見れば彼らほどの愚民であっても、すぐに頭を低くしてワタクシを褒め称えることになるでありましょう。今日のところはこれくらいで勘弁してやるのでございます。

セイ「なるほど、レン、凄いじゃないか」

レン「だ、だから言ってるでしょ……大丈夫だって」

セイ「ああ、レンは大丈夫だよ。君には強い信念がある。人生を戦ってきた誇りもある。それに『もう』一人じゃない、私たちがついているのだからね!」

レン「…………」

やっと再びレン様とセイの視線が交わされました! 二人はしばし見つめ合い、何を思っているのでありましょうか。レン様は確かに戦ってこられました。レン様はワタクシとは違って口があまりよろしくなく、誤解を生みやすいのが玉に傷でございました。それが原因となって小学校では友人関係でトラブルを抱え、出席率は%の表示が無ければ百分率なのか歩合なのか一見判断がつかないような悲惨な状況とあいなりました。レン様はその時間を使ってワタクシをお作りになられましたので、ワタクシにとっては複雑な気分でございますが……

オボロ「あら、一日で随分と仲良くなっちゃって♪ いいことだわ。じゃ、今日はウチのメンバーとの顔合わせね。今日は全員そろうように総帥から指示があったからね。準備万端よ!」

レン「なっ!? 仲良くなんてないわよこんな変態!」

セイ「ハッハッハッ! 照れなくてもいいじゃないか! 仲良きことは美しきかな」

レン「照れてないわっ!」

オボロ「あらあら、流石にちょっと妬けちゃうわね♪ その調子で皆とも仲良く頼むわよ?」

セイ「お任せあれ、オボロ。さぁ、運命の対面と行こう!」

レン「……はぁ、分かったわよ。もういいからさっさとして……」

こうしてレン様とセイの、全く新しい生活が幕を開けましたのでございます。実況・解説は、すっかり変人に様変わりしてしまい主人公の役割を果たさなくなってしまったセイに変わりましてワタクシ、高性能AI搭載の多機能マシーン、アイテム一号がお送りいたしました。待て次回!
以下、想像力の乏しい読者の皆様のためのキャラクター紹介でございます。








井参 醒(いまいり せい) 16 ♂

ごく普通の学生でありましたが(社)人類ホロボース団へと入社して一変、二変、三変くらいして完全なる変態へと完全に変態いたしました少年であります。レン様の人生を大きく狂わせた悪の化身、まさに悪の組織の大幹部といったところでありますが中身は入社したての新社会人兼学生。悪の道はまだまだ長く険しいのでありました。これから彼には死ぬよりも辛い地獄のような毎日が待っているのでございます。そうであるべきです。




神寺 連(かみでら れん) 14 ♀

ワタクシのご主人様にして天才メカニック、化学や人工知能の分野にもその名を轟かすギャグマンガ的天才であらせられるレン様(JC)でございます。頭に栄養が偏ってしまったのか身体の成長は保留ぎみで、子供扱いされるのを大変嫌っておられます。口が非常に悪いのでありますが、その中に誰に対しても平等に毒舌なレン様の優しさを感じることができるようになれば、あなたも立派なドM豚と言えるでありましょう。




成無 朧(なりなし おぼろ) 40 ♂

筋肉質にナチュラルメイク、オネェ言葉のごく普通のオカマ。小道具がなければ一山百円で売られていそうなこのオカマ、見た目より歳いってるようで人生経験もそれなりのようでありますな。ワタクシのごみセンサーがそう言っております。実はどこぞの大企業を一代で築き上げ、あっという間にドロップアウトした元社長との噂もありますが果たして……

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