あめ

BY IN 小説, 週代わり企画 4 COMMENTS


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傘を打つ雨の音が頭を包み込む。
行き詰った思考にノイズが混じり、芯まで侵食されていく。



昼から振り出した雨は結局やまなかった。
駅から自宅までの短くない道のりを、空色の傘を差して歩く。

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道を覆うように山からはみ出して来ている木々に遮られ、傘を打つ雨の音が一瞬だけ静かになる。

 ・・―――・・・―――・・・・・――

職場から電車を乗り継ぎ、今では無駄とも何とも感じなくなった通勤時間を経て、最後に歩くこの道。自然が豊かで魅力的な場所だ。どんなに心が磨り減ろうとも、それを感じる心だけは失われない。失わない。






山に隣接する長い登り道が終わると、大きな自然公園がある。最近はその中を通って帰るのが密かな楽しみだった。

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流石に雨の日は足場が悪い。黒い革靴が泥にまみれていく様を見て、一瞬「あーあ……」という気持ちが浮かぶが、すぐに消える。先にスーツをダメにしていたのが良かった。

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少し雨脚が強くなってきたようだ。肩を打つ雨の音が更に増した。
俺は公園内の大きな池のほとりに着くと、そこに腰を下ろした。髪の毛を伝う大量の雨が気持ちいい。濡れてへたった草はいつもとは違う感覚だった。

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真上に広がる空を見つめていると、先ほどまであれほど大音量に感じられた雨の音がスーっと引いていった。
自分が薄くなって……最後のかけらが雫となって溢れ出た。
最後の一滴まで出て行ってくれ。

 ……………

 ………

 …







 どんっ ばしゃ!

「ぐっ!?」

突然わき腹に衝撃が走った。弱い力だったが、完全に気を抜いていたためにそこそこ入った。

「痛っ……何だ?」

慌てて体を起こし、音のした方を見る。そこには子供がうつ伏せで倒れていた。レインコートを着ていて性別は分からない。

「お、おい、大丈夫か!?」

状況を確認するための無意識な観察と平行してそう声をかけるが、そのセリフを最後まで言い切る前に、倒れたままピクリとも動かないその子の危険を察知して俺は駆け出した。

「おい!」

その子を仰向けにしながら上半身を起こすように手で背中を支えた。意識はなく、首は力なく重力にしたがっている。

「しっかりしろ! おい!」

救急車か? いやまず親御さんを探したほうがいいのか? じゃなくてどこかに移動しないと――

子供「………え」

脱力したままのその子が小さな声を発した。
その声は雨の音に紛れることもなく、澄んだ水に広がる波紋のように俺の頭の中に響いた。
視線を戻すとその子は既に目を開いており、俺が見ている中でゆっくりと頭を持ち上げた。

子供「あ……え?」

その子は視線をこちらへ向けると、不思議そうな表情を浮かべた。
視線は俺に向けているが、俺を見ていない。俺を見ていないが、俺が見えていないわけではない。
そんな不思議な視線に俺は本能的な恐怖を感じたが、理性で引っ込める。

「だ、大丈夫? どこか痛くない?」

小学校高学年か中学生くらいだろうか? 良く見るとレインコートの隙間から長い髪の毛が見えた。恐らく女の子だ。いや、先ほどから触っているので分かる。女の子だ。

「とにかく移動しよう……君、名前は? 分かる?」

女の子「………あめ…………」

アメちゃんか? 意識が朦朧としてるのかも知れない。とにかく運ぼう。



 ―――――



池に隣接する脇道、少し開けた場所に休憩用の大きな机とベンチがあった。屋根もあるのでとりあえずここへ運んできたが……

「なあ、俺の言ってること分かるか?」

女の子「………?」

俺が何を言ってもただ不思議そうな顔をするだけで何も言わない。表情を見るに、恐がっているわけではないようだ。
髪の毛の色素が薄く、グレーっぽい髪色なので外国の子かとも思ったが、顔つきは少なくともアジア系だ。
これらから導き出される結論は一つ……「頭打ってやっちまった」。

ただ、どうにも納得できないことがある。なんで……

「何で下裸なんだよ……」

女の子「?」

最初から裸足の脚出しでちょっとおかしいとは思ってたが、まさかね。変な女の子とは……
これじゃ救急車なんか呼んだらその足で警察行きじゃねーか。

「ひょっとして最初からアレな子なのかなぁ……」

女の子「…………」

「……ふぅ。まあいいや。どうでも」

どうせもう警察にお世話になっても失うものなんてないが、それなら後で捕まっても同じだ。こんな子じゃあ流石の警察でも苦労するだろうし、こんな格好で風邪でも引いたらかわいそうだ。後で連絡すればいいさ。それなら……

「俺んち来るか? とりあえず暖まんないと――っぁクショイ!!」

ああ、そういえば俺もびしょ濡れだった。いつの間にか身体が冷え切っていることに気づく。

女の子「しょい、しょい?」

女の子は無表情でオウム返しをした。

「お、また喋ったな、ほら、おいで。あめちゃん」

最初に言っていた『あめ』は名前ではないだろうことはほぼ確定したが、まあどうせ通じないしどうでもいいだろう。便宜上だ。

あめ「…………」

「君に言ったんだよ、ほら……」

こちらを見つめながら、もっと遠くを見ているような。そんなあめに手を差し出した。
やはりその視線を向けられるとゾクリとする。身体が冷え切っているからだろうか。

あめ「…?」

「君だよ、俺は勝手にあめって呼ぶから」

俺の手に視線を移すだけで全く動こうとしないあめの手を取る。

 ああ、俺――

「行こう」

 寂しかったのかな



 ―――――



あめ「あめ……あめ……」

代わり映えしないいつもの自分の部屋に、女の子がいる。それだけでどこか遠くの国にでも来てしまったかのような不思議な感覚だ。
俺は家まであめを連れて歩いた。もし誰かに見られていたらこのご時勢だ。通報されるかも知れない。だが不思議と焦りはなかった。
家に着くとまずタオルであめの身体を拭いてやった。身体が見えてしまうのは不可抗力なので仕方ない。しっかりと脳内保存させていただいた。その後は服だが、もちろん女の子用の服などあまり持っていないので自分のシャツとジャージを着せた。下はちょうど女児用のパンツが一枚だけあったが、罪悪感が酷かったのでノーパンだ。結局レインコートとあまり変わってない気もする。

あめ「あめ…?」

あめは先ほどから窓の外を見てぶつぶつとつぶやいている。やっぱりちょっとアレな子みたいだが、なんだかとても気高い、神聖なもののようにも感じる。今日まで俺がいた場所との対比でそう思えるのかも知れない。

 papipopipi♪ オフロガワキマシタ!

そんなことを考えているうちに風呂が沸いた。
たぶん一人では入れないんだろうなぁ。

「ほら、あめ、風呂入るぞ」

あめ「…?」

俺が呼ぶと今度はあめが振り向いてくれた。なんか嬉しい。
心なしかあめが俺に向ける視線も柔らかくなった気がする。慣れただけor気のせいの可能性が高いが。

「そうそう! 君があめですよーえらいえらい!」

あめ「…………」

あめは再び窓の方を向き、外を指差した。

「……ん? ……そっちも雨だなぁ」

あれ? 一瞬言葉が通じているかと錯覚して普通に答えてしまった。

あめ「…………」

あめは今度は振り向いて俺を指差す。え、何だよ……

「お、俺? あ……マコト。名金 真(ながね まこと)です」

って何言っちゃてるんだ俺は……

「ほら、おいで」



 ―――――



「うーむ。眼福である……」

あめ「………?」

あめの服を脱がせ、身体と髪を洗ってやった。女の子の髪を洗うなんて想像したこともなかったので大変だった。シャンプーとリンス以外知らないしこれでいいんだよな? 髪が長くてやけに時間がかかってしまったが、あめが大人しかったので助かった。

あめ「……? …?」

 バチャ… バチャ…

あめと俺は二人で湯船に入っている。広めの風呂が好きだったのが幸いして、何とか二人でも肩までつかる事ができた。

 バチャ… バチャ…

「ん? どうした?」

あめは水を叩いたりすくったりしていた。遊んでいたというよりは、興味を示していたという感じだろうか。

あめ「……あめ……」

「それは雨じゃないな、水だ。いやお湯か? お風呂か? うーん……雨との対比なら『お風呂』だな」

あめ「おふろ」

ん? 知ってたか?

あめ「私はあめ。これはおふろ。あなたはまこと」

  「私はどうしてここにいるの? 前は私はいなかったのに。なんだか面倒……」

俺は突然のことに思考停止していた。
それから一気に色々なことが頭の中をぐるぐると回り始める。
思考のジェットコースターから玉突き事故までの変遷を経て口から出た言葉はしかし、自分でも驚くほど安直だった。

「いや、あの、俺の言葉、分かるの?」

あめ「分かるよ」

「いつから?」

あめ「最初から」

この子は何を言ってるんだ。おい。
でもとりあえず、今は言葉が通じる。
落ち着け。まずは目先の疑問から解消していこう。

「えっと……じゃあどうして最初からちゃんと話してくれなかったの?」

あめ「まことがあめに言ってると思わなくて」

???

と、とにかくこれは色々とヤバイ。まずこれじゃあ保護じゃなくて誘拐だ。しかも全身舐め回すように拭いたり洗ったりノーパンで放置したり、体液検査では引っかからないから安心? いや何だそれは待て待て、何の心配だ。そういうのは一旦置いておいて、まずやるべきことをやるんだ。そう、まずは……

「オッケー。とにかく風呂から出よう」



 ―――――



「ふぅ……」

 ごく… ごく…

あめ「ねえ、これは?」

「それはホットミルク」

俺とあめは机をはさんで対面で座っている。一度落ち着くためにあめには牛乳を温めたものを飲ませているが、実際落ち着く必要があるのは俺の方だ。
あれから俺は(今さら遅いと思いながらも)あめの裸を見ないようにタオルで身体を拭いてやった。最初はタオルを渡したのだが、出来ないと言ったので結局俺がやったのだった。そして再びシャツとジャージを着せた。今度は罪悪感とか言ってられないのでパンツもはかせた。これも出来ないと言ったので結局全部俺がやったのだが。

あめ「凄い……おいしい……」

「そうか…? そりゃまあ良かったけど」

あめ「私、何も知らない……」

言葉は通じるようになった(?)が、それでも変な子であることには変わりがないようだ。もう正直俺の予想というか、知っている世界の範疇をこえている。

「あの、それで君の本当の名前は?」

あめ「…? あめじゃないの?」

そう言うあめの視線は確かに俺を捉えている。最初は気のせいかとも思ったが、明らかに最初とは違う。

「いや……それは俺がさっきつけた名前だから……」

あめ「じゃあその前は何だったの?」

「それは俺が聞きたい」

あめ「あれは何?」

あめは窓の外を指差して聞いた。外はまだ雨が降り続いている。

「雨のことか? だからあれは雨だって」

あめ「その名前の前は?」

「んー? いや、ずっと前から雨だけど……」

あめ「じゃああめもずっと前からあめ」

あー、分かった。つまり名前を言いたくないんだな。
言ってることを全部バカ正直に受け止めるから混乱するんだ。
真相はこうだ。この子は家出少女。そして連れ戻されたくないがために言葉が分からない振りをしたり、名前を隠している。

「分かった。それでいいよ。それでどうしたいんだ? 親御さんも心配してるだろ。一晩くらいなら泊めてやってもいいが、連絡だけはさせてもらうぞ」

あめ「……家出じゃないよ」

それはもう答えのような言葉だ。

「はぁ……分かった分かった。じゃあ一晩だけ泊めてやるから。明日になったら自分で帰れるか?」

あめ「……帰るところなんて無いもん」

まあ仕方ないか。これも何かの縁だ。付き合うしかないな……

「じゃあ布団敷くから。そっちの部屋で寝るぞ」

あめ「はーい」

パタパタとかけていくあめの様子は、もう普通の女の子だった。なんてことはない、ちょっとした非日常を楽しめただけでも良しとしよう。全ては幻想。俺の逃避だ。やっぱり思ったよりまいってたんだな。

布団を敷いて、あめと並んで横になった。川の字には一本足りないが、誰かと一緒に寝るなんて何年ぶりだろう。俺は不思議な安心感に包まれて眠りに落ちていった。

「お休み」

あめ「うん、おやすみ」



 ―――――



次の日も朝から雨が降っていた。雨は嫌いではないが、やはり朝から外が暗いのはちょっと憂鬱だ。

「雨やまなかったかぁ。残念」

あめ「雨、やんで欲しいの?」

俺があめと呼ぶ少女は俺の家に一泊した。今日は流石に家に帰さなくては。最悪警察だな。

「ああ。今はそういう気分かな」

あめ「ふーん……」

あめは窓から外を見つめている。この子が家庭でどんな問題を抱えているのかは知らない。誰にだってそういうことはある。ちゃんと聞いて相談に乗ってやりたい気持ちもあるが、本人が話したがらない以上どうしようもない。それはつまり、自分で解決すべき問題だとちゃんと分かっているということなのかも知れない。

あめ「やんだよ?」

「お、本当だ」

そんなことを考えている間に雨は上がったようだ。よし、やるか。

「これであめも帰れるな。さあ、行こう」

あめ「え! 嫌だ!」

「昨日話しただろ? 今日は帰ってもらうって」

あめ「だから帰る場所なんて無いのに!」

「だから……」

 …ポツ……ポツ…ポツ……ザー

「ありゃ」

一度止みかけた雨がまた降りだしてしまったようだ。出鼻をくじかれたな。

「うーん……じゃあ、この雨が止むまでここにいていいよ。それでいいか?」

あめ「うん!」



それから俺はあめと遊んだ。子供が遊ぶ方のおもちゃなど当然持っていなかったが、あめは何でも珍しそうに興味を示し、触ったり使ったりしていた。どこかいいとこのお嬢さんなのかも知れない。

あめ「まこと、これは?」

「蛇口か? 水道に繋がってて、捻ると水が出るぞ。これも見たことないのか?」

あめ「うん……」

あめは言葉に不自由はなかったが、『物』をあまり知らないようだった。『ホットミルク』は知らなかったが、聞けばそれが牛の乳であることは知っていたりと知識にかなりの偏りがある。ひょっとしたら家では監禁か軟禁、学校にも行かせてもらってないのではないだろうか。もしそうなら……

「なあ、あめの親ってどんな人?」

あめ「……いない」

……失敗した。本当にいないのか、いないと思いたいのかは分からない。しかし俺が聞きたいのは『保護者』のことであるので、わざわざ親と言わなくても良かったんだ。

「いや、違う。いつも一緒にいて、守ってくれる人はいるのか?」

あめ「……いる」

良かった。きっと本当の親ではない人の元にいるんだろう。なぜあめがこんな状態なのかは分からないが、守ってくれる人がいると本人が言えるならきっと大丈夫だろう。

「そうか。どんな人なんだ?」

あめ「んっとねー……ずっと動いてる」

「ん? どこを?」

あめ「どこでも」

なんだそれは。

「ふーん……雨、上がらないな」

あめ「……雨降ってたら、ここにいていいんでしょ?」

雨はいつか止む。
子供は今の幸せがずっと続くという夢を見る。
投げたコインはずっと表で、サイコロは必ず6を出す。
明日も楽しい日がやってきて、夜にはぐっすりと眠れる。
世界は希望で満ち溢れている。
そんな夢。

「ああ。そう約束したもんな」

あめ「うん! あ、ねえこれは何?」

「それはテレビだ。まぁ説明しても分からんだろ。見れば分かるかな」

あめ「?」

俺はテレビをつけた。

 『――の貯水量が現在20%を切り、水不足の懸念が――』

あめ「わ! 人が喋ってる!」

「おー期待通りの反応」

あめ「へぇー……」

あめはそれからテレビに釘付けになり、俺もやっと休めることになった。




 ………

 『――このところの晴天続きで、作物に影響が出ています。農家の――』

あめ「ねぇ、まこと、この人たち雨が降ったら嬉しいの?」

「……ん? まぁそうだな。恵みの雨ってやつだ」

テレビの心地よい雑音に揺られ、うつらうつらとしていたところに声をかけられた。
3割眠った頭でそれに答える。

あめ「恵みの雨?」

「あー……雨で植物が育つからな。人間はそれを食べて生きるから、雨に命をもらっているっていう」

あめ「雨が降ると皆嬉しいの?」

「そういうことだ」

あめ「ふーん……そうなんだ。私とおんなじだね!」

「お前は家に帰りたくないだけだろ」

あめ「だから家なんて無いのに……」

「うーん……まあ同じと言えば同じか」

一度はむぅっとした表情を見せたあめだったが、すぐにテレビに視線を戻す。その表情はなぜかとても嬉しそうだった。俺はその様子を見て安心したんだと思う。いつの間にか意識を投げ出していた。




 ……………




「……ん…あ、寝てたな……」

目を覚ますともう夕方になっていた。西向きの部屋に差し込む夕日は眩しい。
カーテンの隙間から差す夕日が傾き、顔の真上に差し掛かることで起こされるのだ。

「あー……あめ? どこだ?」

付けっぱなしのテレビの前にあめの姿はない。
俺は家の中を探したが、あめは見つからなかった。















 『――水不足から一転、降り続く雨による作物の被害が続出しています。これほどの長雨は観測史上初ということで――』
 『――まいっちまうよ……ここのも腐っちまって全部だめだ……こんなに雨が憎いと思ったことはねえ――』

「農家も大変だな」

あめがいなくなって一ヶ月。結局あめに再開することはなかった。
今ではあの日の出来事が夢でも妄想でもないと自信を持って言うことさえできない。寂しい傷心男の見た都合のいい幻。同僚に話せばきっとそう笑われただろう。まあ、もう同僚なんてものはいないのだが。

それでも俺は今も心のどこかであめとの再開を望んでいた。

俺は窓からあの日のあめのように外を見る。今にも雨が降りそうな空模様だ。
今日またあの公園に行けば、あめに出会うことが出来るだろうか。俺はふとそんな妄想に取りつかれ、居ても立ってもいられなくなった。
押入れからスーツを引っ張り出し、ビニールを破いてワイシャツ、ネクタイ、スラックスの順で身に着ける。
玄関で傘を持ち、扉を開け、空を見た。先ほどより空は水分を含み、今にも最初の一滴が落ちてこようとするところだった。

 ポツ……

玄関を出た俺の鼻先にその一滴が落ちた。それを皮切りにするように、空から次々と水が降りてくる。

見事な滝だった。

始まりは遠く空の彼方。地面に届く頃には水は霧状になり、大気を白く染め、漂う。
俺はその異様な光景を見て、開きかけた傘を閉じた。


そうか。きっと俺はもう、ちょうど今から、二度とあめに会うことが出来なくなってしまったんだろう。
理由はないが、不思議な確信があった。
一日でも早く。もし思い立ったのが昨日だったら、こうなる前に何かができたんだろうか。


「……何で俺はまだ生きてるんだろうな」

世界に絶望し、自分に絶望し、自ら命を絶つ者が後を絶たない。
今日もどこかで名前も知らない誰かが死んだだろう。
俺はどうだ?
自分に希望を持たず、世界にも希望を持たなかった人間が、絶望も出来ずにこんなところに独りで取り残されている。

俺は気高く豪快に地上に降りそそぎ続けるその滝を見て、『雨の方が品があってよかった』などと良く分からないことを考えていた。








【雨(現象)】― 空から水滴が落ちてくる現象。降水現象の一つ。降水現象の中では最も頻度が高い。降水現象は地球上で水が循環する過程の一部分であり、その循環の主要な流れは「蒸発 – 凝結 – 雲の形成 – 降水 – 地表流 – 海」である。この他にも地下水や生物の体内の水分、氷河なども水循環の一部である。



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週代わり企画テーマ「雨」による短編を書かせていただきました。
なるべく分かりやすくなるように何度も直しましたが、そもそも分かりやすく書くというのは自分の底を晒すということで、なかなか勇気のいる作業なんだなぁと再確認したり。率直な感想をいただけるとありがたいです。

(書いた人: )

4 Comments

  1. KOH |

    下半身裸&なぜかある女児用パンツでもしかしてエロなんじゃないかと思ったけどそんなことはなかった

    最後の「自分に絶望し」っていうのに繋げるならあめと出会ってからもどこか淡々としてるくらいのが良かったんじゃないかなぁと。それこそ見知らぬ怪しい子をさらっと受け入れてしまえるくらい精神が摩耗してる状態、っていう感じ。

    オチもちょっと分かりにくいなって思いました。そもそも自分の解釈であってるか…
    でも出だしの雰囲気はおっ?と続きが読みたくなる感じでした!次回作に期待

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    • 毛糸 |

      出だしは時間かけただけあって雰囲気は出た気がします。何が良かったのかはよく分かりませんがw
      「自分に絶望し」たのはあめの方にするつもりだったのですが、そこを描写するかは最後まで悩みました。やっぱり分かりづらかったですね。中盤以降はやっぱり適当さが出てしまった。
      今回は読者目線をかなり意識したのでデキはともかく試行錯誤が楽しかったです。精進します!

      返信
  2. アロルノ |

    毛糸作の雰囲気がとてもよく出ていると思いました。
    しかし俺の読解力のせいか、なかなかオチがよくわからなかったのが残念。。。
    もうちょい解説求む、となってしまうかなあ。いやそのバランスも難しいのだけれど。

    いやしかし引き込まれた。間違いなく引き込まれた。
    序盤の入りもそうだけど、先が読みたくなるドキドキ感がすごい。
    これはどうなる、どうなっていく!?というワクワク感は本物だと思う!
    ここまでワクワクしたのは今喰いのクライマックスぶりかなあ。すごい。

    あと!序盤のこれ!めっちゃすき!!!→ ・・・・・―――――・・・・・・・・
    雨を表現してるんだよね?これはWEBもしくはサノベだからこそ
    生きる表現だと思う。本ではできないね、面白い!

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    • 毛糸 |

      うむ! 時間かけたところはやっぱ高評価だね。世の中よくできておる。
      主人公以外のキャラクターが出るまでは面白そうに定評がある毛糸になりつつあるなw
      解説を多くするのは目下一番の課題なのだが、どこを・どうやって解説するかが難しくてな。読者をイラつかせたいわけではないのです。
      ともかく改善点ははっきりしてるし楽しかったから早く次の週やりたいわ!

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