【小説】ささめき~あなたのちから~

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あなたのちから

「ママほら早くー!始まっちゃうよー!」
「わかってるー!いま行くからー!」


最後の皿をすすぎ終わった私は濡れた手を拭き、エプロンを外して冷蔵庫横のフックへ掛けた。いそいそと居間へ行くとパジャマ姿のミサがソファに腰掛けてテレビを見つめながら待っている。私が隣に座るとちょうど時計の針が10時を刺し、先週の終わりのシーンからドラマはスタートした。


9歳になる娘をあまり夜更かしはさせたくないのだけれど、
金曜10時からのドラマだけはどうしても見たいというので、それまでに寝る支度を済ませ、
見終わってすぐに寝られる状態にしておくなら見ても良い、という約束を結んだ。
結果、金曜夜の娘はずいぶんと早くから歯を磨きパジャマに着替える習慣が付いた。
むしろ夕飯の食器を洗う私の方が手間取り、今のようにはやし立てられる事もしばしば。

顔が良く女遊びの多い主人公が、痴情のもつれから交通事故に巻き込まれ命を落とす。
かと思いきや次の瞬間、彼はその日から1ヶ月前にタイムスリップを果たす。
彼は交通事故を回避するべく、女性たちの目をとにかく惹かないよう行動を始めるが、
そこで別の女性と、初めて本当の恋に落ちてしまう…そんなドラマだった。

『過去を変えられたらって、誰だって思うだろ。
 あの時ああしていたら、していなかったらって、誰だって思うだろ。』


主人公が、やるせない気持ちをひとりつぶやいた。
彼は未来の運命を変えるため行動するが、それがどんな結果を及ぼすのかわからない。
彼女と結ばれたい。でもそうなってしまったら、死を回避できるかはわからない。
それでも、彼女をどうしようもなく好きになってしまった、彼の心の叫びだった。

そう、そうね。

みんな思うわ、あの時もし、ああなっていたら、って。あの時、彼と出会わなかったら、あの場所に行かなかったら、今の私はどうなっていたのだろう、って。

大人になったらそんな事は思わなくなるものだと、昔は漠然と思っていた。でも30も後半になった今も、その思いはむしろ増えていくばかりで。気にしたところで何の意味もなさないそれは、
ただただ私を不安にさせる。何気無い日常に、影を落とす。

「…ねえってば!聞いてる?」

娘の声にハッとする。どうやらずいぶん考え込んでたようだ。
ドラマはCMに入っていて、娘が私に話しかける。

「わたしは前の女がまたくると思うのよねー、わるぐち言ってたし」

どうやら娘なりのドラマ展開の考察の様だ。まだ幼い、拙い考えだけれど、
彼女は彼女なりに、先の見えないものに必死に頭を働かせていた。

…そうね、あなたは懸命に、先を考えているのよね。
あなたの顔を見ると、どうしてかいつもホッとする。
子供の表情には、そんな力があるのかしら?
わからないけれど、大切なあなたがいるから。それだけで、私は満たされる。

「んー、いや甘いな。ママはここらで彼女と関係がこじれると思う!」
「えー!せっかくラブラブなのにやだー!」


眉間にしわ寄せるミサの顔は何とも愛らしく、私は幸せを噛み締めた。

CMが明けて、ドラマの続きがまた始まる。

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週代わり企画・テーマ『家族』での作品でした(・∀・)
自信のショート作品「ささめき」にて僕なりの家族を描いたつもりです。
母親も一人の人間で、悩んだり迷ったりする、そんなのが伝わればなあ、と。

(書いた人: )

2 Comments

  1. 毛糸 |

    王道来た! いやーいいなぁ
    切なさと幸福感の相乗効果で切なさを引き立ててた今までの感じが凄く完成されてると思ってたけど、幸福感を引き立てるパターンも同じくらい素晴らしいですな

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    • アロルノ |

      ハッピーエンドもたまには読みたいというのと、
      佐藤さんの母親シーンが見たいというご意見に答えてみました!w
      なるほどそう考えた事は無かったなあ、でも確かに今まで書いてきたのって
      そういう演出だったかも。このカタチでも合うと言われると嬉しいね(・∀・)!

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